バグラチオン ~赤い反攻~

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「おまえさ、ホントにいいのかよ」 「なんだよ」  コンスタンティンの言わんとしていることが、わからないイワンではない。だが、改めて正面きって尋ねられるのは気分のいいものではなかった。 「旅団の、昔の仲間をブチ殺すのは、やりづれえだろうが」 「そんなこと思ってたら、いま、オレはここにはいねえよ」 「けどよ、いまならまだ、抜けられるだろ」  いまさら、抜けられるものか。  手にした銃の重みを噛みしめる。右手一本で扱うのは難しい。それでも、一人でも多くのドイツ兵やその仲間にぶっぱなしてやりたい。  イワンは鈍痛で疼く左腕の先を押さえながら、鼻息荒く言い返した。 「冗談じゃねえ。オレはな、旅団の奴らを皆殺しにするために、赤軍パルチザンに来たんだ。ここでブチかましてやれなかったら、なんのために参加してんだかわからねえよ」 「悪かったな、イワン。変なことを聞いて」  コンスタンティンはつぎはぎだらけ服の裾で鼻をかみながら、そっとつぶやいた。 「オレはもう、赤軍の人間だ。旅団の連中なんぞ、クズの集まりだ。一人も生かしておくつもりはねえ」  新たに獲得した占領地を、我がもの顔で踏み荒らすドイツの将校と兵士たち。彼らから自治権を与えられた自警団は、取り残された赤軍、ソ連のパルチザン兵士や協力者たちに苛烈な仕打ちを与えた。  徹底的に四肢を痛めつけ、生きながら切り刻んだ挙句に、遺体は外壁に吊るして晒し者にした。  ソ連の唱える共産主義と、彼らに反発する反共主義。  難しい主義主張なんて、イワンにもコンスタンティンにもわからない。どっちでもいい。飢えと寒さに苦しめられる、いまの暮らしを少しでもよくしてくれるなら。腹いっぱいの食事。そんなもの、最後に口にしたのはいつのことだろう。 「弟の仇を取ってやるんだろ」 「いや、」  言いかけて、イワンは口をつぐんだ。  イワンと弟は、自警団の一員だった。  自警団はドイツ軍に尻尾を振り、解放軍を名乗って、のちには旅団と称されるようになった。ソ連赤軍から奪いとった大砲や戦車を、ドイツ軍から与えられた。正義の鉄槌をくだしていると疑わずに、パルチザン狩りに没頭していた。 「弟を殺したのはパルチザンさ」 「嘘だ。じゃあ、どうして、おまえはここに」  パルチザンの一員として、旅団に襲いかかる側にいるのか。コンスタンティンの言葉は続かなかった。イワンは軽く鼻を鳴らして、吐き捨てるようにつぶやいた。 「弟が死んだあと、妹が殺された。旅団の連中に」 「おまえ、妹がいたのか」 「妹は三人いた。上の二人は病気で死んだ。末の妹は、旅団のクズどもに暴行されて、死んじまった。俺が、パルチザンとやりあってる間に、だ」  コンスタンティンは目を見開いたまま、息を止めていた。  赤軍の誰にも明かしたことのない過去だった。  ここらが、自分の墓場になるかもしれない。イワンの自嘲の色がにじんだ乾いた笑いは、コンスタンティンには痛々しいものに映った。 「悪かった。そいつは、すまないことを聞いちまった」 「おまえが謝ることじゃねえ。あの連中にボロカスにされたのは、オレの妹だけじゃねえんだ。あいつらは本物のクズだ。略奪や暴行ばかりで、ろくに戦えもしねえ。解放軍が聞いて呆れる」  散発的な襲撃を繰り返すパルチザン兵士どもから、市民を守る。  まっとうな理念で結成された自警団だったが、日を追うごとに理念から遠ざかっていった。ドイツ軍から与えられた武器を玩具のように振りまわして、残虐非道な行為を繰り返した。自警団は旅団に昇格してから、さらに悲惨になった。 「妹はまだ、十一才だったんだ。人間のすることじゃねえ」  声をかけるのもはばかられて、コンスタンティンは悄然としていた。 「弟が殺されたこたぁ許せねえ。いまだに、夢に見るさ。オレに向かって、助けてくれって悲鳴をあげてる夢だ。あいつは、オレの目の前で死んだ。助けてやれなかった。だが、妹のことはもっと許せねえんだ。あいつら一人残らず、生きたまま切り刻んで、地獄に送ってやっても、まだ足りねえ」 「おまえの左腕をこんなにしやがったのも、旅団の連中だしな」 「脱走した兵士が多いんだ。見せしめのつもりだろ。だが、赤軍にいたから、まだよかった。まともな医者に手当てしてもらえた。むこうにいれば、今頃おっ死んでるだろうよ」  不敵な目で遠くを見据えるイワンの姿には鬼気迫るものがあって、コンスタンティンは思わず息を呑んだ。
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