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大好きなXXXXX 2
その日から、竜と少女はいつでも会えるようになった。お互いに会いたいと口にすれば、少女は洞窟に行けるようになったのだ。
オリヴィアは心から喜んだ。反対に、竜は、しばらく悲しみ、会わないようにと言葉を渋っていた。
「でも、会いたいと思ってしまうんだ。ごめんね、オリヴィア」
「謝らなくてもいいって、いつも言っているのに。友達なんだもの、会いたいって思うことは普通のことなのよ」
オリヴィアがそう言うと、竜は目を閉じて曲げていた首を伸ばした。人間で言うところの、顔を背けている状態かしら、とオリヴィアは推測する。そうして、くすくすと笑った。
洞窟の中では、オリヴィアは寝そべる竜のおなかに背を預けるようにして座っている。竜は首を曲げて、オリヴィアに頭を近づけ、話をしていた。大きさが違いすぎて、正面では向き合いづらかったためだ。代わりに、少女の正面には揺らめく光をたたえた地底湖がある。水中の光苔と壁面の光苔、それぞれを反射させて輝いている。
(確かに、町よりも暗くて寒いけれど。ここは美しいわ。それに、彼も。ぼんやりとしか見えないけれど、白い鱗に苔の光が反射してるのは、すごくきれい)
地底湖のほとりで苔の光る天井を見上げながら、少女はのんびりと思いふけった。日が射さないし、水辺のせいで気温は低い。しかし、呼吸のたびに膨らむ竜のおなかは、鱗がないせいか少しあたたかい。
ビョウ、と風の音がして、オリヴィアは身を縮こませた。竜の後ろには大きな口が開いている。この地底湖に至るまでの通路だ。光苔が生えているので真っ暗闇ではないが、入り口は遠いらしく、日の光が見えたことはない。風さえも、音を響かせるだけで、吹き込んでくることはないのだ。
(音がするんだから、どこかに通じてるはずだけど、ここには誰も来ないのね)
自分の部屋と同じだ、とオリヴィアは思った。窓も扉もあるけれど、それを叩く人は誰もいない。
冬休みがあけて、学校がはじまっても、オリヴィアは洞窟へ通った。帰宅後に部屋にこもる振りをして洞窟へ行き、おなかが空くまでそこで過ごした。宿題は、いつも読書をしていた夜にこなしている。数少ない趣味の時間がなくなったが、彼女はまったく気にしていなかった。
学校に友達のいない少女は、毎日学校に行ったところで、竜に話せることは少ない。二人は徐々に、おしゃべりせずにただのんびりと過ごすことが増えた。
そして、いざなにか話しかけようとするときに、オリヴィアはいままでになかった不便を感じてきていた。
「ねえ、あなた」
「なんだい、オリヴィア」
「あなたって、名前はないのよね」
「うん、誰も、つけてくれないから。自分でつけても、誰も呼んでくれないし」
「でも、いまは私がいるわ。ねえ、私が名前を付けてもいい? 呼びかけるときに、たまに困ってしまうの。それに、やっぱり悲しいわ。友達の名前が呼べないことは」
勇気を振り絞ったオリヴィアの視界の端で竜の尻尾が動く。ぱしゃんと湖が鳴り、水面と光が揺らめいた。緊張で赤くなった顔を見られたくなくて、少女は竜の方を向くことができない。
「いいのかい、オリヴィア。そんなこと、お願いしても」
「もちろんよ! あなたさえよければ、私に考えさせて」
友達に名前を付けるなんて変な気持ちだけど、と心の中でだけ続けて、オリヴィアは振り返る。見上げると、大きな青い目がきらきらと彼女を見つめていた。
「嬉しい、とても嬉しいよ。優しいオリヴィア、どうか僕に名前をつけて。そして僕を呼んでほしい」
ずい、と竜の頭が近づく。期待に満ちた眼差しを受けるのははじめてで、オリヴィアはさらに赤くなった。
「フィンレイ、はどうかしら。少し変わった名前だけど…… 私の国の、伝説の騎士様の名前なの。従兄がよく、自分もサー・フィンのような騎士になるって言ってたわ」
「そんな立派な名前、僕なんかがもらってもいいのかな」
「いいわよ。優しい竜と伝説の騎士の名前が同じだなんて、素敵だわ。
……今更だけど、男の子の名前でいい? 女の子の名前の方がいいかしら」
「男の子でいいよ。僕は、たぶん男の子だし。誰かにそうだって言われたわけじゃないから、あんまり自信はないけど……」
「なら、決まりよ! あなたが気に入ってくれたら、これからはあなたをフィンレイって呼ばせて」
「……うん。僕はフィンレイ。君はオリヴィア。嬉しいなあ、僕に名前ができた。呼んでくれる友達もいる。なんてことだろう」
なんてことだろう、ともう一度呟いて、竜は――、フィンレイは、首をもたげた。そわそわと落ち着きなく頭を動かす。ばさりと翼が風を起こして、あおられたオリヴィアは転びそうになった。
「ああ、ごめんね、オリヴィア。大丈夫かい」
「ええ、平気よ、フィンレイ」
竜は四本の足で立ち上がった。のそのそと歩いて、端まで行くと方向転換で戻ってくる。尻尾に吹き飛ばされないように、オリヴィアは注意深くそれを見守った。
「気に入ってもらえて、よかった」
「うん。ありがとう。ありがとう、優しいオリヴィア。きっと君は、世界で一番優しい女の子なんだ。そうに違いない。こんな僕の友達になってくれて、名前まで付けてくれて、おまけに呼んでくるんだから」
元の位置に戻ったフィンレイが頭を彼女に近づけてそう言った。オリヴィアは恥ずかしくなって、つい後ろを向いて、正面から逃れた。
誰かに喜んでもらうことなんて、人生ではじめてだったのだ。
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