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因縁
二階まで総括を引きずっていった春子さんは、ロビーの中心で見世物のように総括を引きずり倒してこめかみに銃を突きつけた。
「は、春子さん――!?」
「大丈夫よ、光ちゃん。そこで見てなさい」
俺に向けた声はいつもの春子さん、俺以外に向ける声は別の春子さん。
「動くんじゃないわよ。こいつのドタマぶっ飛ばされたくなかったらね」
冬子さんって名付けたくなるくらい、冷たい二重人格だった。
遠巻きに狩人たちが見守っている。動こうとする度に春子さんが制した。ギロリと、羽人間を殺すときの目になるのだ。
総括は後頭部に銃口を突きつけられ、両手を上げながら冷や汗をかく。
「えぇと……浅葱姉、これは何の冗談だ?」
「え? 冗談に見える? ウフフ。」
にっこりと、慈母のように優しく微笑むのだった。まったく癒し系お姉さんの笑顔だ、この状況でそれを浮かべるのは地獄のように間違ってるが。
――――浅葱春子さん。職業は天使狩り補佐、性格は温厚(お世辞)。年齢は2X歳、麗しき美貌に似あうのは雨傘もしくはロケラン。これぞ、浅葱光一の叔母にして前代天使狩りの勇姿である。
最強っつか最凶、弘法武具を選ばず、ガンでもソードでもなんでもござれ。相手が人間だろうが化物だろうが大人数だろうがあまり関係ない。美少女ゲー風に言えば、萌え属性は有紗が優しい幼馴染み、タケルがムカつくライバルキャラ、そして春子さんがテロリストだ。(どこも間違ってない)
いまでこそさる事情により視力が激減したがために引退して、その後継者に俺が挙がったのだが待って欲しい、ストレートに狩人本拠を殲滅してしまってる。これはまさか。
「――春子さん、もしかして視力が戻ったんすか?」
「あら? どうしてそうなるのかしら光ちゃん」
「だって、普通に戦えてるじゃないですか」
「バカ言わないで。ほとんど見えてないわよ」
その場の全員が暗澹とした顔になる。要するに、ほとんど目をつぶった状態で総括まで辿り着いちまったのかよ。
「……おいタケル、お前らもうちょっと鍛えろよ」
「あ、ああ――そうだな、さすがに、少々たるんでいる気配があるな。目隠し同然の相手に油断しすぎというもの、」
「え、タケル君? こいつら油断なんてしていないわよ、だって、全員本気で殺しに掛かってきてこれなんだもの」
タケルがいよいよ無表情を崩した。苦い顔したくなる気持ちも分かる。
「…………何が望みだ」
総括の枯れた声、春子さんの顔に影がさす。身代金を要求する強盗犯のような顔だった。無論、金だけ奪って人質は殺すタイプの強盗だ。
「アレはどこにいるの?」
「朱峰は学校だ」
「そう、じゃあなたを殺して、そいつを殺しに行きましょう。光ちゃん、用意しなさい。移動するわよ」
「…………マジすか」
真昼の高校に乗り込んで赤羽狩りか。もう二度と、俺は学校に通えんかもな。
覚悟を決める俺と、一部の迷いもない春子さんに総括も焦りを見せる。
「よせ、早まるな浅葱。こんな時間からそんな真似をすればひどい大騒ぎに」
「知らないわよ、そんなことどうだっていい。私たちが何者なのか言ってみなさい蝶野」
「………………天使狩り……おまえら、本当に手段を選ばない気か……っ!」
「当然。光ちゃんは仮にも学生だけれど、兄貴も死んだいま、私に失うものなんて何もないんだから」
その眼は本当に修羅の目。隠すつもりさえない殺意に狩人たちがざわめき、同盟関係の終焉に総括が目を見開き、唯一タケルだけが冷静だっった。
「? 光一、春子さんはさっきから何の話をしている」
「俺が知るかよ。大人の事情だろ」
本当はぜんぶ知ってるけど。しかし長い付き合いだった。ナイフをくるりと回して逆手。タケルもさっきのカヤも、狩人たちの中にいるであろう件の顔を知らない木下も、敵になるのだ。
段取りを立てる。春子さんが総括を撃ち殺したら、まずは一番厄介なタケルをぶっ倒して、春子さんから銃をもらって入り口までの退路を確保しよう。やはりナイフ1本では心もとない。
春子さんとアイコンタクト、せぇので行動開始しようとしたその瞬間。
「――――じゃあね、このクソ野郎」
「お待ちなさい」
かつ、かつ――
そんな優雅な音を立てて上階から現れた。この場を制す厳しくも澄み切った声。
「あ……」
朱峰おばさんだ。椎羅の養母、孤児院の園長にして狩人界の重鎮。
昨日と違って生徒を叱りつける教師のような顔をしていて、春子さんは何故かポカーン。幽霊に出会った時のような顔をしていた。
「まったく……浅葱さん? あなたと来たら、見た目はおしとやかになったかと思えば、昔より行動が乱暴になっているじゃない。いいからそのひとを開放なさい」
「ち………“血止めババア”? なんであんたがここにいるのよ、冗談でしょう!?」
春子さんが声を荒げる。血止めババアって何だろう。どうにも顔見知りみたいだけど。
朱峰おばさんはババア発言にも辛抱強く堪え、大人の態度を示す。
「冗談も何も、椎羅は私の娘です。いいからその銃口を下ろしなさい」
「ぐ……何よそれ、どうなってんのよ……」
あの春子さんが、総括とオバサンを見比べて惑う。まるで不良娘・許嫁に引き合わされて心底ショックを受けるの図だ。
俺も訳わかんなくなってきた。しかし、視線を強めたオバサンの表情に、いよいよ春子さんは観念したようだった。
「……はー、そう来たか。まさかここで血止めババアとはねぇ。ごめんなさい光ちゃん、このバカ、殺してあげられないわ」
そう言って春子さんが、大人しく銃口を下ろした。総括が胸を撫で下ろす。信じられん、何の奇跡だ。あのばーさんの言葉がそこまで重いのか。
ひとり階段の中腹で、すべてを見下ろせる位置で朱峰おばさんは、誰よりもほっとしたように息をついていた。誰か見覚えのない狩人に気遣われ、支えられる。膠着していた狩人たちも後片付けに掛かる。どうにも、オバサンの鶴の一声でこの場は解決してしまったようだった。
「は、春子さん。朱峰オバサンと知り合いだったんすか」
「命を救われた相手よ。――まったく、なんでこんな所に……」
総括は、座り込んだままこっちを見ようともせずに肩を竦めた。春子さんが背中に蹴りを入れ、朱峰オバサンが諌めた。
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