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事後処理
「春子さん……」
「ん? なぁに光ちゃん」
階段を下る途中。春子さんが俺を見上げてきた。窓の外はよく晴れた花宮市、ここは足音がよく反響する侘しい階段。
こんな場所でも、麗しの叔母は美しいのであった。
「感動しました」
さっきの熱弁と、三本目のナイフが脳裏をよぎる。春子さんは俺っていう人間を深く理解して、狩人相手でも味方してくれたのだ。こんな俺のために啖呵切ってくれた。
「そう。じゃ、お土産にケーキでも買って来てね」
「うぃす。なんぼでも買ってくるッス」
「冗談なんだけど……まいいか。はい、2千円。学校帰りにね。ついでだからビールでも買ってきてくれるとありがたいわ。お釣りはとっておきなさい」
「…………」
打ち震える浅葱光一十七歳、そうだ、タバコ買って帰ろう。春子さんは一体どこまでお優しいのだろう?
「悪いけど先に帰るから、光ちゃんは学校へ行きなさい。私は、眠らせてもらうわ――」
本当に眠そうに欠伸して、夜に駆けずり回る天使狩り補佐である春子さんは、狩人本拠を去っていくのだった。
「お疲れ様す……」
「話は終わったのか、光一。」
気怠く敬礼していると、壁の影で一人腕組みして格好つけていたタケルに声を掛けられた。ドヤ顔ではなかった。
まったく気怠く階段を下りながら、俺はタバコをくわえて肩を竦めた。
「ああ、終わった。いろいろとさっぱり片付いたところさ」
「そうか――別に、構わないんだがな。しかしここの所、ずっと蚊帳の外に置かれている気がするな俺は」
「いやいや、お前にも話が行くはずだぜ。春子さんの交換条件に、真っ先に名前が挙がったのはお前なんだからな」
「俺が? 春子さんの交換条件とは何だ」
地獄の赤羽の御目付け役だ。しかし結局は椎羅=赤羽に関して伏せる方針を転換しておらず、ついさっき話がついたところということもあり、俺からタケルに下手なことは言えないことに気付いた。
火を付けなかったタバコを箱に仕舞い、少々崩れた一階の景色を視界に収めた。外で狩人どもが事後処理もそこそこに雑談してやがる。
「あー……総括にでも聞いてくれ。俺らが言うことじゃねぇ」
「そうか。ま、終わったのならヨシとしよう。一件落着ってところか」
開けっ放しの大穴と化した玄関から外へ出て、狩人たちが談笑しているのを見ていたら思い出した。さっきの和服の少女――カヤ? とかいう小娘に声を投げる。
「なぁ、木下ってどいつだ?」
「む――」
木下ってのは、俺をここへ呼び寄せたあの電話の相手だ。あの時は電話の向こうで春子さんに遭遇したようだったが無事だったんだろうか。
雑談を一時停止して、周囲を見回し、カヤは「ふ」と意味深に口元を押さえた。
「残念、お前がやって来るのを察知して隠れてしまったようじゃ」
「は?」
「また今度来るのだな、浅葱光一。その時は私たちがしっかり捕まえておいてやろう。いやいや、まったく素早いことじゃ」
むふふとカヤが笑い、他の狩人たちもニヤニヤした。え、何? 意味がわからんのだが。
「隠れてしまった? ……なんだ、オイ。」
俺は避けられてんのか。わざわざ電話してきておいて何だそれ。
「おい……」
追求しようとしても、話は済んだとばかりに狩人共は雑談に戻ってしまった。けまらしい声を上げ、春子さん襲撃時の阿鼻叫喚を笑い合っている。もういいや面倒くせぇ。
「さて光一。用は済んだわけだし、大手振って学校へ戻るか」
「バカ言え、不思議ちゃんかお前。もう早退届け出しただろ」
「……む」
「行こうぜぇ~」
考える時間を与えないよう、早々に肩を掴んで歩き出す。いまさら学校に戻って授業なんて冗談じゃない。
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