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異物
有紗を送り届け、タケルと別れてようやく自宅の玄関をくぐる。日はとうに暮れていた。
「ただいまー」
わしわしと靴を脱ぎ捨てる。家の中から物音は一切ない。しかしハラ減ったのでリビングへゆく。
「…………まだ帰ってないのか、春子さん」
手探りで電気のスイッチを探し出し、いつもの食卓を光の下に晒した。サランラップで封された夕飯、しかし今日は呑気に食事してる場合ではなかったらしい。
「……………電話?」
俺の携帯が毒々しい着うたを奏でる。いわゆるデスシャウトを遮るように青ボタン、通話相手は叔母だった。
『おかえりなさい光ちゃん――早速だけど、準備してくれる? 市内で目撃情報が出たわ』
「あ、うぃす。メシどうしましょう」
『急いで食べて。食べないのはダメよ、死ぬから』
浅葱春子――この家で共に暮らしている唯一の家族で、元祖天使狩りの片割れで、昨日の鬼スナイプの主。呪いによる視力低下に見舞われた現在は前線を退き、俺の指導役にして後見人を務めもらっている。
早い話、年の離れた姉みたいなもんだ。俺は静かに手を合わせて割り箸を割る。
「…………いただきます。」
『ま、補給も仕事の内ね――と、それより目撃情報が出ていてね。駅前だって言うからちょっと面倒事になるかも』
「どっからの情報すか? 狩人?」
『調律者』
「ほへー」
俺は山盛りパスタを漫画のように突っ込んでいく。腹が減っては何とやらというが、アレはマジで、人間ってのは死にかけると備蓄がモノを言う。
あ、と思い立って食事中断。自室へ行き、引き出しから二丁の鉄塊を引っ張り出してまたリビングのパスタに戻る。ゴトゴトと、鉄塊をテーブルの上に置いて。
『この調律者がなかなかの霊視持ちでね、白い羽の生えた人間を視たっていうんだけど妙なのよ』
「妙?」
『駅前で制服着て歩いてたんですって。』
ぴた、とフォークが止まってしまった。羽が生えてるってことは天使だ。天使が、何故に学生服なんか着て闊歩している?
眉間に人差し指を当てて考えるが、混乱は収まらない。俺アタマ悪い。
「……えーと……つまりどういうことッスか?」
『さぁ、どういうことなのかしら。捕まえてみないことにはなんとも』
そりゃそうだ。
早々にパスタを完食して皿を横へやり、オートマチック拳銃の弾倉を引っこ抜いてそれぞれ中身を確認。全弾きっちりある。当然ながら安全装置はかけている。
よし――とそばにあったタオルで手垢拭いて完了。
黒と銀の重々しい双子拳銃、俺の主力武装だ。バカ口径の鬼のようなモンスター銃だがこのくらいじゃないと奴らには効かない。あの羽人間ども、恐らくその気になれば弾丸くらいなら一刀両断できるからして。
「…………ん」
不意に学ランの内ポケットが硬いな、と思ったら昨日タケルにもらった鮫みたいなサバイバルナイフが残ってた。使う機会が訪れないことを祈る。
制服のホコリを払って準備完了。
「――よし、準備OKっす春子さん。どっかで落ち合いますか?」
『いいえ、二手に分かれましょう。目撃位置は駅前のレストランの前よ。いまからちょうど30分前、ちょっと遅いかも知れないけど……』
「学生服っすよね。男っすか? 女っすか?」
『女の子よ。気をつけて光ちゃん、なんだか嫌な予感がするわ』
「――――」
学生服着て駅前を歩く天使。確かにおかしい。そんなの、いままで一度も無かったことだ。
「……俺もッス。春子さんもお気をつけて」
パスタの皿をシンクに置いて水をかけておく。洗い物は帰ってからでいいだろう。遊んでる場合ではないのだ。ホルスター装備して、とっとと玄関に向かう。
『ええ、ではまた駅前についたら連絡ちょうだい。――と、そうだったわ光ちゃん。待ちなさい』
「え?」
早速スニーカー引っ掛けて出て行こうとしていたところを呼び止められる。なんだろう? 鍵はちゃんと持ってる。ガスの元栓だろうか、あるいは暖房の線抜いとけってんだろうか。
『予備の弾丸、忘れないように』
「……」
靴を脱いで自室に引き返す。
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