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サバイバーズ・ギルト
――その日、花宮市は災害に見舞われた。地震の直後みたいなひどい有様だった。
交差点の真ん中で玉突き事故を起こして裏返ってる自動車。はみ出した燃えるゴミみたいな腕は血に濡れてる。冷たい赤色の記憶。あちこちから煙が上がり、窓ガラスが割れ、運の悪い人間がゴミみたく死んでいて、少しだけ運がよかった奴らは怯え縮こまり頭を抱えて震えていた。
テレビはその大量虐殺を宗教絡みのテロ組織の仕業だと報道した。神に仕える者って意味では間違ってはいないが、きっと誰も納得しなかっただろう。
――だって、人々を虐殺したのは、背中に羽が生えた意味のわからない生物だったのだから。
何がきっかけだったのかは分からない。ただその日、どこからか大量に溢れ出した白羽の天使共が、街の人々を無差別に虐殺して回った。狩人たちは抗い、事態は戦争じみた殺し合いにまで発展したのだ。……死んだ狩人は、数知れず。
ひどい戦いだったらしい。なにせ人数が多かったのだ。懸命に戦った挙句に何人もの天使どもに押さえつけられ、凄まじい剛力で足首を左右に引っ張られ、2つに裂かれた狩人がいたらしい。――泣き叫びながら、内蔵を溢れさせて死んだ。
そんな死に様だってありふれたもんだった。2つのパーツをくっつければ人間の形を取り戻せるんだから善意的だってもの――――ぺしゃんこにされた人間は、二度と再現できはしない。
あの日、赤羽の天使に追い詰められて俺は、振り下ろされた大岩から奇跡のように逃れ生きながらえた。
生き残れた理由はよく分からない。偶然、天使が岩斧の一撃を外したから。タイミングよく狩人が助けに来てくれたから。その狩人がタケルの兄で、あのばけものにも引けを取らない奇跡のような凄腕だったから。いや違う。
――――幼馴染みを犠牲にしたから、だ。
病院で有紗の親父に殴られた。やりすぎではあるが、俺は当然だと思う。男の俺は、窮地にあって有紗を守ることもできず逆に守られてしまった。緊急治療室の有紗はまったく意識を取り戻さない。頭を包帯でぐるぐる巻きにされて、俺の身代わりになった少女はこのまま死ぬかも知れなかった。
病院の狭い、ゴムパッキンみたいな材質の廊下。すごく嫌な感じがした。いまでも病院は嫌いだ。逃げ出すように街へ出て、雄大な花宮市全景がすべて瓦礫の山みたいに思えて。
……どこの戦災孤児だってんだ。
火の手が上がり、煙が吹き上げる瓦礫の街で俺は、人間の死にやすさを知った。平穏の壊れやすさを知った。自分がいかに無力な、何の力もない情けないガキであるかを思い知らされた。
泣いたさ。
俺が、俺の弱さが有紗を殺したんだと思った。二度と意識が戻らないように思えた。
有紗は今日、この街と、そして楽しかった毎日と一緒に死んじまうんだって絶望してた。
ただただすべてが真っ暗だった。
……生き残り症候群。
浅葱光一は、生き残ってしまったんだ。あれから俺はいまもまだ、“平穏な日常”っていうやつに馴染みきれないでいる。
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