22人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
引き金
「光一、一体何があった」
「うるせぇ……」
我ながらガキっぽいとは思いつつも、回答を拒絶する。だって話すわけにはいかないだろう。俺は“部外者”なんだから、総括サマの決定には逆らえない。
タケルは疲れたようにため息して、なおも食い下がる。見上げた空はマーブルだった。
「お前が総括と揉めるなんてただごとじゃないだろう。何なんだ一体、ついに天使狩りをやめろっていう話か?」
「違ぇ……いや、違いないのかもな。ははっ」
やめてしまえばいいのかも知れない。あいつにとって、俺がやってきたことは現実逃避でしかないっていうんだから。
本当――頭にくる。
朝日ものぼろうかという深夜と早朝の境、児童公園のジャングルジムのてっぺんで俺は腕枕していた。煙突のようにくわえたタバコから煙が立ち上っていく。まるでいつかの火葬場みたいだった。
――十年前、火葬場がパンクしていたあの光景。一日中ひっきりなしで人が出入りしていた。
「まったく……まぁ、いいさ。しかしひとつ忠告しておくぞ光一。蝶野さんの言うことをそのままの意味で受け止めるなよ」
「……は? 蝶野? 誰だよ」
「ん、うちの総括だが」
「…………」
怪しげな魔法使いみたいな女を連想したのだが……。
「……あのクソ野郎、そんな名前だったのか」
意味もなく清涼な声でタケルが、名探偵のように言って来た。
「あの人は実に曲者だぞ光一。狡い大人の代表格でな、どこまでが本音なのかは誰にも分からん」
「どこがだよ。ありありと本音を語ってくれたぜ」
脳裏に浮かぶ、あいつが悪魔の笑みで俺を見下している、ははは。ロンゲ狩りを始めたい。
「しかしまぁ、取り急ぎ何もないなら俺は構わんのだが。だが狩人と喧嘩になるなら呼べよ光一。知らない仲じゃないんだ、俺を蚊帳の外に追いやるのはやめてくれ」
「なんだよ、俺が助けてタケルくぅ~んっつったら助けてくれんのかよ」
「いや。率先してお前を殴りに行くだけだ。――ほら、俺といえば花宮市最速が売りだろう?」
先陣切りたいっつーわけですか。ポロリと灰が頬に落ちるが死体のごとく放置。タケルは顎に手を当てナルチズム。すべてが嫌になってくる。
「……お前もそーとー曲者な。」
「ん、どこがだ? 俺はこんなにも素直だというのに」
「忠告しといてやる。あの朱峰とかいう新人には気を付けろ――アイツ、ろくなもんじゃねぇぞ」
特に、任務中に背後から叩き潰されないよう警戒しな。とまでは言えない。あいつらが言うにはそんな危険性はないようだが、どうだか。タケルは案の定疑問符だった。
「……? なんだお前、朱峰さんと知り合いだったのか」
「知り合いじゃねぇよ、こっちが一方的に覚えてるだけだ。アイツはかなり頭がアレでね。俺のことなんざ、そこらの空き缶の銘柄以下に覚えてねぇだろうよ」
身体を起こし、頭の横で指をぐるぐるしてやると、タケルはやれやれと首を振った。
「お前がそうやって、あからさまに女を嫌うということは今まであったかな。どうにも、本当に何かありそうだ」
「ああ、察してくれ。俺はアイツが嫌いなんだ」
「――――おお、噂をすれば何とやらだな」
俺は人殺しの目をしていただろう。公園の外、フェンスの向こうを制服姿の少女が歩いていたのだ。
長い髪、冷たい美貌、決して高くはない身長。てっぺんから爪先まですべてを人工的なまでの理想像で固めた、あまりに人間味のない整った造形。
――――朱峰椎羅の、感情のない瞳がこちらに気付く。
「……………………」
視線が出会い、俺たちは睨み合った。たっぷり一分ほどそうしていただろうか? 包み隠さず俺はそいつに対し、血みどろの虐殺者に対し憎悪を向け続けた。
また椎羅も、まったく感情を宿さない目ではあるが俺を、浅葱光一をケージの中の実験動物か何かのように観察していた。そこに、僅かな嫌悪みたいなものを感じたのは気のせいか。
「朱峰さん、ご苦労様。帰りは一人なのか。言ってくれれば新人の見送りくらい――」
公園の入口で立ち尽くしていた椎羅は、タケルの声に観念したように児童公園に脚を踏み入れる。愛想のカケラもない。
「……母さんは帰った。けっこう忙しい」
「だろうな。いや、俺もよく知らないんだが――で光一、いつまで睨んでる気だ」
「…………」
本当に、どこかの学校の制服を着ていやがる。なんだそれは。人間の真似事なんかしやがって、いっぱしの女生徒みたくタケルと雑談してんじゃねぇ。
視えてんだぜその、背中にある血だまりみたいな二枚の羽。地獄の化身であることを示す、赤い、隠しようもないほどに赤い翼。
――――そいつの目が、俺の憎悪に気付いて薄笑みを浮かべた。全身が凍りつく。間違いなく、こいつが十年前のアレなのだと実感できる、あの時と同じ表情。蛇のような残虐な笑みだ。
「へぇ……」
嘲弄するように唇を舐め、口の端を吊り上げ目をワニみたく細めて。
「お前――――私を殺したいの?」
……そんな、核心を言った。
俺はジャングルジムから飛び降りて、地面に着地。腰の後ろから迷わず黒拳銃を抜き、一度回して椎羅に銃口を向ける。
狙いは眉間、いきなり膠着した空気にタケルが反応。
「光一、」
「るせぇ黙れ」
椎羅は冷めたように俺を睨んでる。このまま引き金を引いて殺してやりたい。二度と悲劇を繰り返させないよう殺してやりたい。後腐れなく、未練なくわかだまりなくここで終わらせてしまいたい。
脳裏に浮かぶのは有紗や伊織、教室でのつまらない出来事、そこにあった“安心”っていう財産。
引き金を引く指に徐々に力を込めていく。
こいつさえ――こいつさえ、いなくなれば……。
「…………いいよ」
「あ?」
「撃っても、いいよって」
「そうかい。じゃ死ね」
「よせ、光一……ッ!」
ガチン、
っていう音を立ててスライドが動いた。空撃ち。弾丸など入っていなかったのだ。
椎羅は最後まで微動だにしなかった。
「……どーいうつもりだ。死にたいのか、お前」
「別に……一発くらいなら撃たれてやってもいいと思っただけ」
「何?」
それきり、飽きたのか見捨てるように去っていく。気のせいかその軽い足取り、自殺者か何かに見えたのだが。
「何なんだアイツ、ワケわかんねーぞ」
「お前もだ、この阿呆が。狩人に銃口を向けるな」
ごすんと脳天に拳を打ち落とされた。どうでもいい、興味ない。ただゴソゴソと俺は銃を仕舞い、あの女のさっきの行動を考えるのだった。
――撃たれてもいい? どういうことだ。まさか、あの赤羽が本当に罪滅ぼしなんかを望んでいるとでも言うのかよ。
「…………狩人、ねぇ……」
それは何だ?
最初のコメントを投稿しよう!