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四者面談
最悪の四者面談と相成った。テロ直後により少々破壊されてしまった内装を観察することで俺は、目の前の状況を見ないように逃避する。
額縁に飾られた絵画の、ひまわりの首元を掻き切るような無残な亀裂。保護ガラスが割れてしまっていたのだ。ど真ん中に二つほど風穴が空いていた。
周囲を見れば家具や壁もそんなことになっているのだが、そんな戦場跡で、机を挟んで黒革のソファに腰掛ける者が四名。
こちら側から紹介しよう――俺、浅葱光一。学生服姿でくわえタバコして、不動の煙突と化していた。もう世の中ぜんぶがどうでもいい。
隣、春子さん。毅然と足組んで対面の二人を睨んでる。静かだが、テーブルの上に突き立てられたナイフが静かではなかった。
春子さんの向かい、朱峰オバサン。姿勢正しく瞑目していて、有無を言わさぬ雰囲気がある。本当老人や中年ってのは何故に、無力なくせにこうも威圧感があるのか。
で、俺の対面に総括の蝶野。実に可愛い名前だね死ね。いつものロングコートはボロ雑巾くたばれ、眉を吊り上げながらも平静を装って紅茶すすった地獄に落ちろ。
「……………………………………」
仲良しポイント皆無の無言議論が続いた。春子さんの手による内装破壊がいい味を出していて、荒んだ空気である。小一時間も居続ければ死人が出そうだ。
特に、春子さんと蝶野が最悪に硬い。春子さんガン睨み、蝶野はティーカップを静かに鳴らす。
しかし埒があかないと諦めたのか、切り出したのは蝶野のほうだった。
「………………要求は何だ。このテロリスト」
「赤羽の処刑」
「それはできません」
春子さんの要求を、朱峰オバサンが即答で切り捨てた。はいそうですかと引き下がる春子さんではない。
「……どうして?」
「椎羅の処遇は保護観察が適当である、という判断です。これは私と総括が話しあって決定したこと。部外者のあなたが口を出すことではありません」
「ずいぶんと寛大なのね。十年前の、文字通りの非人道を極めた虐殺者だってのに。甘いって言葉じゃ済まされないんじゃないのかしら」
そうだそうだ。もっと言ってやってください春子さん。こいつらマジ言ってることがおかしいんですよ。
「それに、なんだっけ? 狩人として使うんですってね。その辺りはどうなっているのかしら、総括サン?」
「何か問題があるか? 最高の戦力だろう」
「ふん、いつ背後から叩き潰されるやら」
「その危険性はない。現在の彼女の素行を見ていれば分かる。現在の彼女は、決して故なき虐殺など行わない」
「ふーん…………」
まったく信用していない顔で、蝶野の真意を探る春子さん。そういえば、タケルがなんか言ってたっけ。蝶野の発言はまったく信用ならねぇとか何とか。
かち、こちとしばし時計の針を聞いたと思ったら、にやりと春子さんが処刑人の笑みを浮かべた。
「――――おかしな話だわ。自分で問題などないと言っておきながら、他の狩人には秘密にしてるんですもの」
さすが、鋭い。これにはさすがの二人もピクリと反応した。なおも春子さんの追撃は続く。この機を逃すまいとばかりに。
「ウフフ――ねぇ朱峰さん、現在の椎羅は穏やかなのでしょう? 真っ当かつ正常で罪などない真っ直ぐな精神性をしているのでしょう? なのにどうしてタケル君たちには秘密なのかしら?」
「………………」
「答えられない? ええ、そうでしょうね。だって罪が消えたわけではないんですもの。いくら十年前だからといって全部過去でしたーでは済まされないわ。天使共による人間虐殺の中に、赤羽が紛れ込んで加担していたのは紛れもない事実なのよ」
正論だ。実に正当だ。人が黙って春子さんの言葉を聞いている。
「日本の表側の法律でさえ、死罪については二十五年間もの時効期間を保証している。まだ半分以下よ。赤羽を殺すのに遅いということは有り得ない。いかに更生したからといって、赤羽にはそれだけでは決して済まされない咎がある。――ひとつ聞くけれど、赤羽に対するペナルティは? その辺りどうなっているの?」
そうだ、こうやって春子さんの言葉を聞いてみればおかしなことばかりだった。俺は蝶野の挑発によって、怒りで我を忘れ、思い至るべき当然の理屈を誤魔化されてたんだ。
償い。
蝶野たちの話には、それが欠けていた。
「これは、花宮市狩人と協定関係を結んでいる、外部の天使狩りという立場からの要求よ。赤羽の身柄を引き渡しなさい。狩人にできないっていうのなら、私たちが直々に処刑してあげる」
「………………」
蝶野も朱峰オバサンも、黙りこんでしまった。俺は灰皿に押し付けタバコの火を消す。
「…………罰、ですね」
「ええ、罰よ。犠牲者たちやその遺族にとっては、絶対に必要なものでしょう? 忘れたままでは済まされない。どうなの蝶野、そこのところ」
花宮市狩人総括は、鎮痛そうに目を伏せ、重苦しく語り始めた。
「……あの時、椎羅はまだ子供だった。善悪の判断がつかない、ただただ怯えていただけの子供だったんだ」
「…………へぇ」
嘲弄する蜘蛛のように春子さんが舌なめずりした。俺は蝶野の論理に、その馬鹿げた回答に心底戦慄した。
あの地獄の執行者だぞ? そんなふざけた話があるものか。
「当時七歳だった椎羅に責任能力はない」
「正論ね。いますぐにでも殺してやりたいくらいだわ」
強く激しい音が執務室の床まで響いた。春子さんが、二本目のナイフをテーブルに突き立てたのだ。衝撃で蝶野の紅茶の受け皿が床に落ちて砕ける。春子さんの動作は、赤子を殺すような凄絶さだった。
並べられた二本のナイフに写り込んだ自分の顔を見て、蝶野。
「……何の真似だ?」
「特に意味はないけど? でも私もいいかげん飽き飽きだから、三本で終わりにしましょう」
仏フェイスもスリータイムスまでってことだろうか。残り一本。“終わり”の意味を測りかねて蝶野と朱峰が困惑するが、春子さんは揺るぎない。
「ま――赤羽の具体的な処罰については、この場は保留ってことで許しておいてあげる。急いだって結論なんて出ないでしょうしね。しかし懸案事項よ。いつまでもそんな詭弁が通るとは思わないことね」
「ふん。まぁ、いいだろう。で何だ? まだ話は続くのか」
「当然。実を言うとね――ここまでの話は、私が光ちゃんの代弁をしてあげただけだから。私の本題はこれからなの」
「え? そうだったんスか?」
こちらを振り返る春子さんはやはり、いつもの頼れる春子さん。不良で不出来な浅葱光一の保護者さまであらせられるのだ。
「ええ、そうよ。だって光ちゃん、蝶野に口喧嘩で負かされちゃったんでしょう? 光ちゃんは勢いはあるけど組織人じゃないから、こういう汚い大人に言いくるめられちゃうのは仕方ないけどね」
「…………サーセン……」
マジ、頭が上がらない。俺は無力で、それにも増してアホだったのだ。学年最底辺レベルの。
「私が浅葱春子個人として言いたいことは、実にシンプル。詫びなさい蝶野。でなくば今度こそ、ごくごく個人的な感情でお前を殺す」
そう言って春子さんは、三本目のナイフを取り出して蝶野の頬を叩く。
「……詫びろ? 何をだ」
「ウフフ。誤魔化さなくていいのよこのクソ野郎。ねぇあなた、昨日、うちの光ちゃんに随分とナメたこと言ってくれたらしいじゃない」
え、俺?
誰もが話についていけないでいると、いきなり、春子さんが三本目のナイフをさっきよりも強く突き立てた。
長い長い静寂に刻み付けるように、憎悪を浮かべた春子さんは狩人たちを睨んでいた。
「――――光ちゃんはね。十年前の悲劇を繰り返させまいと、一人孤独に戦っているの。毎日毎日、命を賭してみんなを守っているの。現実逃避ですって? 成長してないですって? 冗談じゃないわ。たった一人で十年前の悲劇を防ぎ続けているうちの子に何よそれ、どういう仕打ちなのよ。詫びなさい蝶野。でなくばこの三本、残らずおまえの急所にそれぞれ突き立ててやる」
凄絶な前代天使狩りを目の前にして、しかし蝶野はく、く、く、と噛み締めるように笑った。
「丸くなったな、浅葱。まるで悪夢のようだ」
「ふん――変わっていないのはお前だけよ、この道化」
蝶野がいっそうツボにはまったように笑う。構わず春子さんは要求を突きつけた。
「赤羽の行動を監視し逐一私たちに報告すること。赤羽の狩人としての任務にタケル君、それと光ちゃんの承諾があれば光ちゃん当人も同行させること。あと、光ちゃんに謝ること。これが和平の条件よ」
「ああ、承諾しよう。悪かったな浅葱光一。考えなしは俺の方だったらしい。――ああ、お前は誰よりも十年前の悲劇を引き摺っていたのだな。やっと正しく理解したよ」
すまなかった、と蝶野が頭を下げる。これは本音だろうか建前だろうか、と考えていたら終わってしまった。
「条件は飲もう。これでいいか? 浅葱。」
「ええ――帰るわよ光ちゃん。この際だから、何か言っておくことがあるなら今のうち」
足りない頭で思案して、なんとなく赤羽の心情が気に掛かった。
「赤羽は……」
「椎羅は今日から本拠で寝泊まりだ。何か問題はあるか?」
「…………そうかい。」
そういう意味ではなかったのだが、面倒になったので諦めた。もうここに用はない。春子さんの背中に続いて退室していく。
「――タバコは、ほどほどにしておきなさい?」
「ん」
背中にくすぐったいくらいたおやかな声を投げかけられ、足を止めた。振り返れば、朱峰オバサンが俺に微笑んでいた。大きなお世話だ。
オバサンは貴族(見た感じ)ながら、他のオバサンの例に漏れず喋り好きだったらしい。
「生前、うちの人もタバコを吸っていてね。銘柄は何を?」
「…………ラーク」
「うちの人はポールモール、だったかしら? 今度うちに遊びにいらっしゃい。あの人が遺していったオイルライターがたくさんあるのよ」
「ああ…………考えとく。」
ジッポか。色々と思うところはあるが、貰えるんなら貰っとこう。
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