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天使狩り
「ややっ。これはこれは、浅葱光一さんではないですか」
あん? 誰アンタ。
「むっふっふ。その突き刺さりそうな眼光、ペンギンさんのシャツ出し制服、そして何よりその冷酷さ! 間違いない、あなたは浅葱光一さんですね!」
そー言うアンタときたら暑苦しい肥満腹、弛緩顔ださカジュアルにリュックとフィギュア?
おーおー、島村さんじゃん。久しぶり。何、そのフィギュア新作? またいつになく気合い入ってんねー。
「ややや、恐縮ですペコリ。見てくれますかこれ、今回のテーマは“パンク”です。ゴス
パンクの服装のみならず、表情や仕草にも荒々しさを加味してですね」
ただしパンツは縞パンであると。
「無論言わずもがな。ところで彼女さんはお元気してますか? ほら、あの、典型的な幼馴染みキャラの有紗さん。今日も元気にラヴしてきたんですか?」
はっはっは、ぶち殺すぞキモオタ。
「これはよいツンデレですなぁ。ところで、その拳銃ってモデルガンですよね」
ああ、やっぱ見抜かれちまうか、さすが造形趣味。今回のテーマは“デス”とか“キル”とかそこら辺なんだけどよー。
「うーむ、重量感はかなりいいんですが、そのグリップ周りをもう少しなんとか」
了解、がんばってみるよ。
んじゃ俺はちょっと行って来るわ。
「ややや、行ってらっしゃいませすいません、お時間取らせてしまって。そういえば光一さん、今日はこんな廃墟街に一体どのようなご用向きで?」
サバゲー。
「グゥレイトォ! ご武運をお祈りしております! それでは光一さん、またいずれ~!」
あーはいはい。
ところでさ島村さん、あんた、いいかげん成仏した方がいいと思うよ。
+
「あー帰りたいぃ」
島村さんとの逢い引きを終え、俺こと浅葱光一はうだうだと廃墟街歩く。
廃ビル列島、不景気の象徴。
我が住めば都の花宮市は現在、慢性水不足にも似た経済低気圧に見舞われているそうだ。
打ち捨てられた廃墟街、マンション工場高層廃墟、死して鉄骨纏う者なし。
がららららーと物々しいノイズ。目を向けるとからのゴミ箱が夜風に吹かれ、爛れた表面でローリングしている風景だった。
「いー帰りたいぃ」
そこに退廃の情緒を見い出すほどいい気分でもなく、胸ポケットからシガレットケースを取り出して1本。足を止めることもなく火を付け、LARKマイルドの白煙を散布しながら俺は一服。
「うー帰りたいぃ」
「制服で堂々と歩きタバコするな。あと鼻から魂魄を漏らすな。さらに7分51秒の大遅刻を俺に土下座し泣き詫びろ」
わけわからん横やりを入れられた。
見返すとタケルがいた。
仏頂面のおかっぱ男とか嫌いなのでとりあえず蹴り倒した。
踏んだ。
乗った。
鳩尾潰し、
「うげぁ――待て待て待て待てぇえええ!」
「あん?」
おかっぱ絶叫。
構わずぐりぐりと頬を踏みにじりながら問う。
「どしたのタケルちゃん、そんな急に大声上げて。ヒステリックブルー?」
「ブルーとちゃんと暴力が余計だ。まったく……」
ぱんぱんと砂を払いながら立ち上がるおかっぱ。
俺はそいつの右手にあった、鞘に収められている何かを見下ろし煙を吐いた。はぁーと眉間に皺を寄せる。
「……銃刀法違反」
「手作り模造刀だ。よく出来ているだろう?」
「重量感はかなりいいんだが、そのグリップ周りをもう少しなんとか」
「努力しよう。では、早々に仕事を始めるぞ、光一」
仕事? なんだそれは強いのか。俺はサバゲーしに来ただけだぞ。
「…………」
ずっしりと見上げた先はゴジラサイズの暗黒墓標。
有名心霊スポット「森ビル」が、大口開けて俺を歓迎していた。
+
斬、と鋼が影をかき消す。
「「…………」」
サバゲー開始2秒目にして敵と遭遇。いやはや困ったもんである。
おかっぱ男はキンと可憐な音色で日本刀、ああいや模造刀を鞘に収めた。
俺は感想を述べる。
「タケル。臭い」
「光一の体臭がな」
ずだっこーんと破裂音が響く。
BB弾(推定)がタケルの髪を掠め、空間を跨いで壁にめり込む。俺のモデルガンが火を噴いたのだ。弾丸に謎の影がかき消された気がするが錯覚。タケルが神妙な顔で溜息した。
「カルシウムとストレスの因果関係は納豆ダイエットらしいぞ」
「お前の話もあてにならんけどな」
つかつかと階段へ向かう。
森ビルの内装はオンボロ至極、あちこちの壁が黒ずんでいた。廃墟に電灯があるはずもなく、月明かりだけを頼りに階段を上がっていく。
「ところでタケル、臭いんだが」
「ニコチン中毒を治してから言え」
「いやいや、そーいうのじゃなくてだな――」
タバコをくわえて火を付ける。
辿り着いた2階で次々と具現化していく亡霊共に照準を合わせながら、俺は呻いた。
「――血生臭いんだよ、このビル」
黒拳銃の引き金を引く。マズルフラッシュと炸裂の衝撃。
銃弾は自殺サラリーマン氏の眉間を割って中身を散らかし、貫通してキャバ嬢(血涙怨霊)の肩に血華を咲かせた。
休まず発砲、発砲、発砲。
手当たり次第に撃ち倒し消失させていく。金属音。
「確かにな。吐き気がするほど濃い血の匂いだ」
斬斬斬斬斬。
タケルの姿が消失し、あちこちで血しぶきが吹き上がる。
天井に刀を突き立てて着地し、タケルの視線が猟犬になる。
切り裂く音色とマズルフラッシュ、怨嗟と苦鳴がビルの静寂を殴殺する。
視界を埋めようとする亡者共。
それらを文字通りの銃刀法違反で片っ端から薙ぎ倒し、破綻させ、滅却していく。
「む――?」
殲滅の最中、タケルが囲まれる。
一斉に跳びつく亡霊共。タケルが埋もれた。揉みくちゃにされ、引き千切られそうになる。
「おい、タケル!」
「うぐぉ……!」
亡者は叫ぶ。爛れた声で。
「痛いの憎いの悲しいの。殺して。殺して。殺してあげる」
「ふざけるな冗談じゃないなんで俺がなんで俺がなんで俺がなんで俺が」
「愛してる、ねぇ愛してるよ愛してる、好きだよ抱いてあなただけのものにして殺して」
カラスみたいな合唱に苛まれ、首を絞められ、タケルの唇が邪悪に歪んだ。
「死ね」
破裂する。
タケルを中心に、亡霊共が黒煙となって弾け飛ぶ。視認できたのは俺だけだろう。鋼の軌跡が蜘蛛の巣だった。
「雑魚散らしか。華々しいねぇ」
止まらず駆け出し、廃墟の窓をバックに殺陣。
そんなものを観察していると弾が切れた。補充せねば。なんだお前、隙ありーとか叫んで襲いかかってくんじゃねぇ。げし。ずだんっ、ごきゃ、ごしゃっ。
ゾンビ少女を踏みつけ右ポケットを漁る。タバコが入っていた。
「うー! うー!」
「るさいぞ死体、暴れんな」
左ポケットを漁る。ライターが入っていた。こりゃ尻ポケだな。
「ぐるるるる……がうっ!」
「いってぇ!? てめ、噛み付くな!」
ごしゃずだんっ。
「あぐぅ……痛い、痛いよ……頭から血が出ちゃったよぅ……ひっく……ひっく」
「ああ、いま楽にしてやるよ」
「ふえぇ~……やめて放して、あたしユーレイ付き合いで来ただけなの……」
尻ポケット両方ハズレ。上着のポケット。ない。どのポケットにも弾はなかった。
絶望する。
この死地で、予備の弾丸、おうちに忘れてきたらしい。
「あー」
もうやだ。帰って風呂入って寝たい。ゾンビの口がおもいきり裂ける。
「ぎひへひゃひ、隙ありぃぃいいい!」
「お前がな」
ばすんと胸部を撃ち抜く。
「あ……ひぇ?」
ゾンビの額に押しつける。弾の切れた黒拳銃ではなく、いま上着から抜いた左手の銀銃を。
「じゃ、また来世で」
「おびゅふぅっ!」
亡霊は瞬く間に黒煙――呪いとなって消滅した。ばいばいゾンビちゃん。
「るあっつ!」
背後に迫っていたオッサンを蹴り倒し、頭部を踏み砕いてお片づけを再開。舞い散る呪いを避けながら、俺の頭は無意味な思考に逃避する。
――前略とりあえず異常現象があり、中略それらを殺す存在『狩人』と呼ばれる者たちが以下後略。
要するにあこで刃物振るってるおかっぱが、その『狩人』というやつなのだ。異常現象
狩り。悪霊殺しが奴のお仕事というわけ。俺は違う。ただのアルバイトだからな。では本題へ戻ろう。
「問い1。いまこの状況でもっとも有効的なサボタージュの方法は?」
「黙って手を動かせ」
かったるいので踏み砕く。そろそろ弾が勿体ない。残弾が少なすぎる。
「しかし妙だな」
「ああ」
視界を覆う死者の群れ。
多い。いくら何でも多すぎる。
秒速0.2人のハイペース、どんだけ苛烈な心霊スポットでもいいかげん売り切れておかしくない頃である。
ガキの頭蓋をコンクリ地面でメロン割りし、返り血を拭ってタケルと背中合わせになる。
「光一。当たりだと思うか?」
「外れてくれ。冗談じゃねぇ、残り弾数11だぞ俺。こんな時に俺の専門が来ても仕事にならんて」
言いつつも視線を強め亡者共の隙間に走らせる。俺の霊視はBかCクラスの凡弱級、ただし集中すると、何の因果か『奴ら』関連に関してだけA-まで跳ね上がる。
亡者亡者亡者、雪。
見た。
見えてしまった。その忌々しい白色が。
「あー……あれだ、春子さんに遺書残してくんの忘れたわ俺。書きに帰っていい?」
「逃げ出す余裕があったらな。使え光一、お前の仕事だろう」
「ん」
なんか投げ渡された。サバイバルナイフだった。
弾丸が尽きたら文字通り俺の生き残りを託すことになるのか。
飛びかかってくる群れ。
死者たちが壁となって俺の視界を阻害する。一歩後退。タケルが刃を走らせ、死者の壁を切り裂いていく。
開く隙間に目を凝らす。
――花宮市という街がある。
この街には古くから伝承があった。
幸福になれる。
願いが叶う。
“それ”に出会えばハッピーになる。
「――――あはっ」
誰かの不愉快な声が聞こえた。
酔狂な話だ。
無宗教のくせしてよくもまぁそんなメルヘンだけは受け入れる、ああ嘆かわしや日本人の性、クリスマスに初詣にあっちもこっちも美味しいとこだけ。そうやって平和ボケしたグルメ共に是非食らわせてやりたいね。
あこで不敵に笑ってる、背中に羽が生えた矛盾の塊を。
「はぁい。ずいぶんと元気いいね、お2人さん」
タケルが死者共を片づけ終えた頃、そいつは気楽に手を振ってきた。
俺の頬に血が跳ねる。不動。ただ睨み付ける。紛れもない背中の両翼、見間違えようもないその白色。
反して死神みてぇな黒い服、腰まで届きそうな金の長髪、そして背筋が寒くなるような美貌。
そいつは女性型だった。残念ながらいい思い出がひとつもない。10年前なぞ殺されかけたことがある。
たん、たん、と愛らしくステップ踏んで、慈愛のかけらもない双眸が、愛想良く声を投げてくる。
「名前は切り子。バラバラ殺しの切り子ちゃん。そっちのカタナ屋さんとは仲良くなれるかも。よろしくね」
ゆるりと敬礼してくる女。その手に双刀。中型剣が2本、逆手に握られていた。
「……くそったれが。このビルを心霊スポットに変えたのはお前か」
そいつはどこか蛇を思わせる妖艶さを纏い、陶然と指を組んで歌った。
「そんな呼び方好きくないなー。切り切りハウスって呼んで。じゃなきゃギロチンビルとかさ。素敵だよねー。このアロマ効果が最っっ高にイケてるよねー」
ははぁ、と熱っぽい息を吐く女。それを見てタケルが眉をしかめた。
濃すぎる血の匂い。黒ずんだ壁。気づかなかった。どこもかしこも凝固血液じゃねぇか。
空気が淀んでいる。閉鎖された拷問部屋。充満した呪いがケタケタ嘆き、俺の意識をかき混ぜる。ところで突然だけど自殺しよう。発砲。
「…………」
炸裂音は床に突き刺さった。背中から不可視の何かが離れていく。俺を自殺に誘導しようとした怨霊が。
悪趣味ここに極まれりだ。これがハッピー? 笑えやしないどころか、真剣に嘔吐感がする。
異種生物と関わるってのはこういうことだ。
天使だろうと悪魔だろうと関係ない。ハッピーの基準が違い過ぎる。あんなもんは、知恵を持った鳥人間でしかない。
「何人だ」
「ざっと50匹? 新記録かも。切り子ちゃんマジ最強っす」
くるくると双剣を回し、構える。
「やろうぜお兄さんがた。切り子ちゃん、そろそろ殺しに飽きちゃった。次は殺し合いがしたいんよぅ」
「……タケル」
「ああ」
周囲で具現化していく亡霊共。
奴の白い翼に誘われるように、死生の境界を当然のように越えさせられる者たち。
「さ、いくぞ下僕共。あんまさっくり殺しちゃだめよ。あたしの機嫌を損ねたら切り切り拷問フルコースだかんね~」
――天使と呼ばれる、幻想がいる。
いま俺の目の前に。
紛れもない白の両翼を背負った女がいる。
「んじゃ、みんなまとめて突撃ーっ!」
切り子の号令と共に、膨大な声が俺たちに降りかかってくる。
声だけじゃない。
生に苛まれたる死者たちが、その身を擲って横殴りの雨と化す!
「殺して、もうやだ殺して生きたくない生きたくない生きたくない生きたくないぃいいいいいいいいっ!!」
「ごめんなさい、切り子様ごめんなさいごめんなさい許してください眠らせてください終わらせてください」
「やなの、痛いのやなのもう苦しいの無理、無理無理無理だよもう男の人は見たくもない見たくもない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇえええええッッ!!!
もうなんか津波だ。どばっしゃーって降ってくる感じ。
とりあえずタバコに火を付ける。煙と共に声を吐露。
「……10秒」
「長い。5秒で済ませろ」
半分もカットされてしまった。短い休憩だ。アルバイトを何だと思ってやがる、この正社員サマは。
魔風と化して死者共に斬り掛かるタケルを見送って、俺はたんたんと4歩後退。
ポケットからそれを取り出し階段へポイ捨て。かしゃん、かんっ、からからからー。
しゃがんで一服。
きっかり3秒後、心霊スポットを閃光が蹂躙するのだった。
「んなッ!?」
切り子ちゃんびっくり。
ビルが激震。
恐ろしい風圧が吹き乱れ、死者共の足を止める。
うし、と俺は立ち上がり、あまりの轟音にぼさっとしていた切り子ちゃんの翼を撃ち抜いた。
「んぐ、あぁああっ!?」
けたたましい声を上げて倒れ込む。痛いらしいよ、羽根は。
んで俺はとっとと階段の方に撤退し、追いついてきたタケルと共に、さっきの手榴弾がこさえた大穴から脱出するのだった。
跳躍。2人して隣の廃コンビニの屋根に着地すると、タケルが呆れたように言ってきた。
「光一。春子さん特製アイテムを市街地で使うのだけはやめてくれ。あの派手さは軍事用の数倍だ、秘匿義務に引っ掛かる」
「秩序なんざドブに捨てろ狩人。平和の犠牲にしちゃあ特安価格だろ」
止まらず駆け出し、屋根から飛び降りて逃走を開始する。やばくなったら即逃げる、これサバイバルの鉄則。
ビルに空いた大穴から、うじゃうじゃ出てくるゾンビ軍団。いやはやなんともバイオかつハザードである。奇しくも場所はゴーストタウン、右手の拳銃まであのゲームっぽくハマっていて恨めしい。
全速力しながらタバコを吐き捨てる。
「ところでタケルっち、どうするん正直」
「走れ。無心で走れ。ガンダムが救援に駆けつけてくれるまで」
「え、マジ、なにガン? ゼータ? F91? できればヒゲガン以外がいいなぁ」
「待て光一。最近の若者なんてフリーダムくらいしか分からんぞ」
「うっげーふざけんなよお前、シケシケなんだよこの野郎。いっそザク呼んでこいザク。俺としちゃあジオングよかよっぽどいいね、あの緑色、渋いダークなご尊顔。ひー! イカすねぇ!」
などとロマンの花を咲かせてみるが、なんとも頼りなくて困る。
夜の廃墟街。
追い縋る声は遠くなり、角を曲がって曲がりくねって、そろそろ撒いた頃だがどーにもよろしくない。
「…………」
俺の霊視はヤツら関連ならA-なのである。
この目が告げる。
もっと速く走れと俺に叫び続けている。
「……タケル。追ってきてるか?」
「いや、1人も来てない。そろそろ諦めたんじゃないか」
はぁ、と足を止めたタケルの鼻先数センチ。
「「!?」」
何かが横切り、息が詰まった。
「チ――!」
即座に散開。
どこだ? どこから来た。
「跳べ光一!」
反射で後方跳躍。追い縋るように地面に突き立つ短剣の列。
「ああ……そういうことかい」
跳躍側転バック転、転がっていたゴミ箱を空に蹴り上げ顔を向ける。
ずがががが。
突き立つ音色がアタリを告げる。
「ふふ……あはは……よくも……よくもよくもよくも下等生物が、天使の、この切り子さまの羽根に傷を……!」
憤怒の形相は空にいた。
背中の両翼で風を生み、十指にダガーを計8本挟んで握りしめ、空から俺を射殺そうとしていた切り子だった。
吐き捨て銃口をもたげる。
「……鳥人間が」
「うるがぁぁあああああああああああっっ!!!」
破裂音と絶叫が交差する。
降り注ぐ刃の雨を俺は駆け、空に向かって残り10発の弾丸を放ち始める。肩に風。
「チ!」
「光一!」
掠めたか。
流血如何を確認してる余裕はない。なにせタケルは近接専門、俺は中距離専門で、天使・切り子はその間合いより上空から一方的に刃を降らせているのだ。
奴は短刀が尽きるたびに、何もない空間から補充する。
対して俺の弾丸はガンガン音を立てて減っていく。
――天使。
異常現象大別5番、第五現象『異種』。
呪いに起因せず、かといって人間でもなく、そもそもその発生に人の意志が一切関与していない『別種の生物』。
本家本元異常幻想、悪魔妖怪/神天使。
ネス湖のネッシーヨス湖のヨッシー、河童ドラゴン宇宙人タケル。それらは人間とはまったく別の系統樹を辿ってきた生物であり、無論ドラゴンもタケルもこの世に実在するはずがなく、日常の延長でユーレイ殺す狩人たちすらその存在を信じない、ただ分類不能な妄想を投げ込んでおくだけの捨て番号「5」番。
いない。
あり得ないんだ。
あんなもの、この世にいるはずがない。
「が、は……」
「ぐぅ……」
なのに俺の上にいる。
現実にいま、血まみれになって這い蹲った俺たちを見下ろし、最期の慈悲すら与えず嬲り殺そうと狂笑してやがる。
残された弾丸は2発きり。震える銃口を天に向ける。
「塵は、塵に……」
世界の軋む音がする。
「灰は……灰、に……」
異常現象狩りたちさえ『理解できない』と頭を抱える異常幻想。
この世界は壊れている。
あり得ない。在ってはいけない。
認めるかよ。だって、天使が実在するということは、理屈を辿れば奴が現れる。その忌々しい存在が、この世に顕現してしまう。
それはもう異常現象ですらない。
秩序が、世界の根底が崩れ去ってしまう。
「無は、無に還りやがれぇぇえええええええっっ!!!!」
“神”が、実在するという事になってしまうのだ。
天使狩り
飛び降り自殺によく似たあの音。
そして天使は地に落ちた。
銃口は、夜風に煙を吐いていた。
「……下手くそ」
「るせぇよ」
俺の弾丸は綺麗に外れた。
切り子の短刀はタケルの居合いで粉微塵。
ドローゲーム。
だが何故か、切り子は墜落して血を吐き、信じられないように、風穴の空いた自分の腹に手を当てるのだった。
「狙、撃……手……?」
にたり、と俺たち2人――否、“3人”は悪魔の笑みを浮かべていただろう。
「あーもしもし。春子さんですか? いやお見事。相変わらずの鬼スナイプですね」
『何言ってるのよ光ちゃん、心臓を外した。動体相手とはいえ赤点ものだわ』
そう狙撃手。あのへんのビルからこっちを狙っていたのだ。
「何よ……何なのよ、あんた、達……っ!」
では皆様ハンカチのご用意を。
愛しの切り子ちゃんともここでお別れであります。
胸の真ん中に銃口を押しつけ、腹を踏みつけ悲鳴を上げさせる。俺たち悪魔、いや人間、いやいやオシャレさが足りないね。ならこんな感じで名乗ってみよう。
「プロフェッショナル天使狩り、浅葱光一選手と」
「特に名乗るほどでもない狩人だ」
ずばんっ
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