興味

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「いらっしゃいませー」  三人だらだらとセブンイレブンへ入店した。制服だが見咎められることもない。店員は品出しもそこそこにレジに陣取った。  焼き鳥屋ででもバイトしてそうな、愛想の良さそうな店員。にこにこしてる。俺も定位置につかねばなるまい。 「さて、マガジン読むか……」 「……前から疑問に思っていたのだが」 「あん?」  店内に他の客の姿はない。雑誌コーナーのど真ん中を確保し、カバンを足元に置いてマガジンをめくりながらタケルの無駄話を聞く。タケルは俺の隣でジャンプを開いていた。 「その、何だ。この立ち読みという行為は、もしかしてヤバイのではないかとふと気が付いた」 「は? 馬鹿言うなよお前、だってコンビニだぜ? 何言ってんだよワケわっっかんねぇぜハハッ」  まったくタケルはおかしなことを言う。コンビニで雑誌を読むことに異を唱えるなんて、レストランでお子様ランチ食う子供を叱りつけるようなもんだろう。  わずかに、店員の笑顔がぴくりと動いた気がした。有紗は何故か不思議そうにファッション雑誌の表紙をしげしげ眺めている。  まったく貨幣経済を分かっていないタケルに、雑誌の裏面を見せつけて教授してやる。 「いいかタケル。ここに書かれた二百六十円ってのはな、この雑誌の金額だ」 「そんなことは分かっている。ああ、俺たちが支払うべき金額だな」 「何? そいつはおかしいぜ、ああ間違ってるね」  タケルの無表情にも構わず話を続行する。強制的にだ。 「いいかーよく聞け。俺はな、この雑誌が『欲しい』わけじゃない。分かるか? ここで金を払って、持って帰りたいってわけじゃないんだよ」 「…………」 「分かるだろうタケル。そう、こんな分厚い漫画雑誌持って帰ったってよ、邪魔になるだけだろ。いらないんだよ俺は、この漫画雑誌“そのもの”は」 「…………だから、この場で読んで帰る。漫画雑誌自体が欲しいわけではないから、金なぞ払う必要がない、とそう言いたいわけか」 「ああそういうこと。なんだ、分かってるじゃねぇの。そうなんだよ、要するにさ、別に俺は何かを持ち帰ってるわけじゃない。単にチョコっと、通りすがりに雑誌めくってみるだけさ」  ぱらり、ぱらりとタケルはページを進めていく。話が終わったとみてバトル漫画を読みふけろうとした俺に、相棒はなおも追求してきた。 「……この立ち読みという行為、音楽に例えてみればどうだろう。最近はちまたでダウンロード販売なるものが普及しているそうじゃないか。持ち帰ってはいない。形のあるものを入手しているわけじゃないが、確かに料金が発生しているんじゃないか?」 「おいおいタケルちんよぅ。俺は別に、漫画雑誌のデータをディスクに突っ込んでもって帰ってるわけじゃないんだぜ?」  有紗はいよいよ雑誌を手にとって表紙をしげしげと眺める段階に入っていた。 「……ではカラオケならどうだ。持ち帰るわけではないが金を払っている。この場合と立ち読みという行為を照らしあわせれば、」 「そうだなー。でもようタケルちん、ここはコンビニだぜぇ? よく周囲を見回してみな。ホラ、どこにも『マガジン立ち読み十分××円』なんて料金表書いてねぇじゃん? じゃ、どうすることも出来ないわけだよなー」 「詭弁だな。……結局のところ、漫画雑誌というのは『読む』という消費活動のために存在しているものだ。雑誌の値段は紙の値段ではなく、紙に描かれた知的財産の値段だろう」 「ああそうだな。よし読み終わった、いやー来週が気になるねぇ。さってぇメシ買おうぜ、メシメシっ」 「…………………」  俺たちは同時にぱたんと漫画雑誌を閉じて、元通りの位置に返却した。  なんとなく店員の方を向いてみたが、不動のにこにこ笑顔から殺気や敵意らしきものは感じ取れない。調教もとい教育が行き届いている。  有紗がいなかったので周囲を見回せば、お菓子コーナーでうんうん唸ってるのを見つけた。 「おい、有紗。お菓子もいいけど、メシはどうすんだメシ」 「え? ポテチとかじゃだめ?」 「ダメに決まってんだろ、アホか。なんだよ金欠かおま――」  何を見てたのかとお菓子の棚を見ようとして、気付いた。タケルも目を険しくする。有紗が両腕に抱えていたもの。 「……なんだいそれは。」 「え? 雑誌だよ雑誌。それも女の子向けのお洋服とかヘアスタイルとか飲食店だとかばっかり載ってるの。私さ、こういう本っていままで全然買ったことなくってさ」 「? 坂本さんが、女性向け雑誌を買ったことがないのか?」  タケルの当然の疑問だが、その答えを知っている俺はタケルの肩に腕を置いてうなだれる。 「ああ……こいつ見かけによらず、本棚一面少女漫画ばっかりなんだよ。音楽雑誌すら買わないんだぜ……」 「そうなのか。意外だな、別段私服は普通だったのに」  そりゃまあ。好奇心が薄いというだけで、ファッションそのものにはしっかり注意を払っているから、表立った問題は何もないのだが。 「実を言うとね、前からちょっと憧れだったんだー、伊織ちゃんが教室で読んでるような雑誌。でもさわったこともないわけで、普段は先延ばし先延ばしでさぁ? こんな日でもないと手を付けられそうもないかなぁって」 「ま――いいけどよ、でもメシだけはケチらずしっかり食えよ、メシだけは。じゃないと死ぬぞ」 「はーい。でもお金がちょっと……」 「ほれ、千円貸してやるからあとで千円で返せ」  財布から漱石を召喚する。投資だ。幼馴染の将来を考慮すれば、決して無駄な出費ではないだろう。  しかし過保護バカは自分が過保護されるのは好かないらしい。 「え……そんな、いいよ光一……」 「遠慮すんなって。目の前で昼飯にけち臭くポテチ食われるほうが面倒くせぇや。こっちのメシまでうす塩くさくなんだろうが」  無理やり漱石を握らせる。しばし迷った有紗だったが、長い時間をかけてようやく観念したようだった。 「…………ありがとう。ごめんね、明日っていうか今日返す。」 「おう。いいか、お菓子でなくメシを買えよメシを。――って何だタケル、その顔は」 「――ん? 何がだ」  ニヤニヤ。ニヤニヤ。
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