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狩人
「で――どうなんだ光一。最近は」
「んぁ?」
屋上でへりにもたれ、タケルと並んで昼休みのグラウンドを見下ろしていた。元気な男子がサッカーなぞやっている。いま、背の高い奴がシュートを放った。
「最近は、って言われてもなー。別に何もお変わりない。強いて言うならあれだ、さっき、パチ屋で春子さんを見た」
「平日昼間からパチンコ屋で顔を合わせる叔母と甥か……それも問題だが、それより――」
シュートははずれ。ゴールの上のバーをかすめてあらぬ方向へ飛んでいった。そんなものを見ながら紙パックの中の甘い汁を啜る俺たち。
タケルの声は、いつもと何も変わらなかった。
「――――春子さんの視力、どうなんだ。昨日はうまく狙撃を決めてたが……」
ある日突然欠落が治って、昔のように前線に回帰できる。そんな都合のいい希望はない。
「……変わってないさ。スナイパーライフルにはスコープが付いてるからな」
望遠鏡か眼鏡の要領で的を撃っただけであって、視力自体が急回復したわけでは、ない。実際スコープ越しでだってかなり無理をしてるはずなんだ。
俺はストローを噛み締めた。
――十年前。あの事件を契機に視力が地の底に落ちて、前線を退くより他なかった春子さん。
もともとはかなりの実力派で、親父ともども元祖『天使狩り』だったのに――いまとなっちゃ、春子さんに師事する俺のような動機も信念もないような二世が惰性で続けてるだけだ。
本当に頭にくる――春子さん自身の実力が急に消滅したわけではないのだ。腕はあるのに、技術は持っているのに視力だけが追いつかない……。
「医者の治療が意味を為さないってのは、悪夢だぜマジで」
どのような薬も効果を為さず、どう手術すればいいのかも分からない。そもそも、視力検査以外では一切の異常がないのだ。誰にどうすることもできない。
「医者が利かない……か。そうだな。医療に関しては常に最初で最後の砦だからな」
「おいおい、他人ごとみたいに言ってんなよ“狩人”。“呪い”云々に関しては、お前らが專門だろうが」
「…………」
陽が翳る。昼休みの屋上で、タケルがまぶたを伏せて笑った。いつもの表情だ。
――が、目を開けたタケルは爬虫類のような乾いた目をしていた。殺人鬼のような色で気圧される。
「…………そうだな。まったく俺達が不甲斐ないせいだ。責めてもいいぞ光一、この俺自身も、狩人っていう体制の無能さには常日頃から辟易している」
――そんな、自虐なようなことを語った。大気がぴりぴりと鳴っているのではないかと感じるような威圧感。
地獄のように溜め込んでいたらしい。
「……意外だな。お前が、“狩人”に不満を抱いていたなんて」
――――――“狩人”。現代を生きる異常現象狩りの集団だ。
世にはいろんな異常が蔓延っている。幽霊然り鬼然り、都市伝説やホラーの類。そういったものを日本刀でぶった切って退治しているのがタケルたち“狩人”だ。
繰り返すが俺は、別口。
「当然だろう――? 狩人は殺しすぎる。お前も知っているだろう光一。“呪い”を発症させた者の末路は惨い。呪いの行使のたびに、見えないくらいの小ささで理性を削られ、徐々に徐々に完全暴走に近づいていく……ああ、それこそ治療法なんて無い。ならどうすればいいのか――お前は知っているはずだ」
嫌な話。狩人って呼ばれる秩序の守護者の実態だ。結局のところ――暴走し理性を失って、ただ殺すだけの異常現象そのものになった輩は殺すしかない。
呪いとは、願望を具現化する擬似現象だ。大気を漂う黒い霧。それは幻想で、どのような形で願いを成就させるかは誰にもわからないブラックボックス。
藁人形に釘を打てば人を殺せるらしい。
そんな不条理を相手に、物理的な牢や禁固に何の意味があるだろう――?
「………………………………」
耳が痛くなるくらいの静謐――そのなかで、俺とタケルは睨み合っていた。タケルは責めろという。だが、俺は――
「……やめだ。くだらない…………それでも、專門でありながら呪いを解呪できないお前らが無能なのは確かだがな」
「まぁそうだな。そのことに関しては俺も、恐らくすべての狩人も同じ事を思っているよ――」
雲が通り過ぎ、再び陽光の輝きが帰ってくる。狩人ってのは悲劇的な存在だ。救えぬ者たちに、救いの代わりの死を与えるだけの処刑人。
呪いを切除すること――――それが出来ればどれほどの命が救えるだろう。血だらけの天秤で、被害者と加害者の心臓の重さを比較する必要もなくなる。
そして――――――春子さんの、視力も。
「……昼休みは終わりだ。帰るぞ」
予令が鳴って、タケルは捜査を終えた刑事のように帰っていく。
俺はお情けのように設置された錆びたアルミのゴミ箱に、紙パックを投げ入れ、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
「………………学業ねぇ」
生きるか死ぬかの俺達に、それは必要なものなのだろうか。
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