ファッキン学業

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ファッキン学業

「光一」 「んぁ?」 「はい、りんごジュースあげる」  五時間目が終わった直後の休憩中、有紗が唐突に紙パックのジュースを差し出してきた。  瑞々しい果実が描かれたパッケージと、何故だかゴキゲンな有紗の顔。 「……なんだよ、いきなり」 「何って、光一にしては珍しくがんばってたじゃない。ちゃんとノート取ってたし、先生にあてられてちゃんと答えようとしてたし」 「…………トンチキな答えだったけどな。思い出させんなよ……」 「たしかに、答えは大はずれだったけど――でもいいじゃない。数学なんて、きちんと勉強すればすぐ分かるようになるよ」 「で、なんでりんごジュースなんだ」 「え? ご褒美。これからも、その調子でしっかり勉強してくれるといいな、って」 「おう、ありがとよ。」  遠慮無く受け取って、ストロー刺してちゅーちゅー甘い汁を吸う。つい小一時間ほど前も同じもん飲んでた気がするけど気にしない。 「よしよし。その調子でしっかり勉強して、将来はいい男になってよね」 「おう。任せとけ」  腹たぷたぷ。子犬のように撫でられるが構わん。クラスメイトたちが何故か反抗しない猛犬・浅葱光一に動揺しているが無視。 「うんうん」  いつものごとく、有紗だけは周囲をまったく省みない。そのことが逆に心配になるときもあるが、ま、いいだろう。 「有紗ちゃん……光ちゃんタイプは甘やかしちゃダメだよ……」  伊織の冷静なツッコミが入った。 「え? そう?」 「うん。ぜったいつけあがるよこの男……」  実に冷ややかな視線を軽く受け流し、俺はりんごジュース一気飲みを成功させた。 「くはーっ! なんか、美味ぇなおい。冷たいりんごジュース一気飲み、しばらくハマるかも知れん」 「ふっ。安くていいな光一、その勢いでタバコもやめてしまえ」 「るせぇ河童野郎。タバコのない人生に何の意味があんだよ」  非喫煙者タケルはなんて冷酷なんだろう。ニコチンの無い日々なんて考えられない。  とそんなところでチャイムが鳴って、教師がやって来る。みんなが自分の席に戻っていく中、俺は隣の有紗に右手を押し付けた。 「そうだ有紗。ん。」 「え?」 「ん。」  無理やり受け取らせる。有紗は、手の中の銀色を見下ろしてキョトンとしていた。 「光一、何これ?」 「ご馳走さん、美味かったよ。帰りはそれで何か、自分が飲むやつ買えよな」  100円玉2枚。利子としては安かろう。 「……もう。ご褒美にならないよ」  そんなものは必要ないのだ。なにせこちとら、まじめに勉強する気などさらさら無い。  ファッキン学業! 「タバコ買ってくる」 「下校までには戻ってきてね~」 「あ、もう光ちゃん!? ちゃんと授業受けなよっ! もうっ!」 「浅葱! どこへ行く気だ、おい! 席につかんかこの出席番号一番!」  うる星やつら。俺は親指を下に向ける。顔に、伊織の投げた教科書が直撃した。 + 「ぐっは……やっと、終わった、か……」  机に拳を押し付けて反動に耐える。畜生クソったれ、なんでこう授業ってのは地獄のように退屈なんだ。  兎にも角にもようやく一日の日程が終了。教師ががららとドアを開け去っていった。  俺は周囲を、まったく平気そうにしている周囲の人間たちを見回す。あーマジちょーかったるいよねー。鉄人かこいつら。 「お前は普段からサボり過ぎなんだ。基礎体力の足りない運動部みたいなものだろう」  などと、偉そうに説教くれるお河童野郎タケル。その背後、有紗が手を振っていた。トイレ行ってくるらしい。  俺は目の前の男に戦慄していた。 「…………お前おかしいぜ。狂ってる」 「ん、何がだ? いたって正常だが」 「両立」 「ああ……」  すなわち学業と狩人業の両立のことである。朝昼学業・夜ホラー。ハード以前にいつ睡眠とっていつ補給してんだという話。  眼の前の男は平気そうにしているが。 「人間じゃあねぇな」 「そうでもない。これでも、なかなかに疲れているよ」  などと堅苦しい仕草で肩を竦めた。花宮市最速の狩人はきっと、睡眠時間も最速なんだろう。 「ねぇねぇ浅葱くん、ねぇ浅葱くん」 「あん?」  髪の長い、セーターの女子生徒が声を掛けてきた。何が楽しいのか、俺らと違って真っ当な顔した女子生徒だ。名前は知らない。 「浅葱くんってさー、やっぱり、坂本さんと付き合ってるの?」 「「………………」」  大宇宙な質問に、タケルはふっと口元に手を当てて微笑した。 「――無論だ。聞くまでもない」 「勝手に認定してんじゃねぇええ! アホが! 付き合ってねぇ! ざけんな死ねァ!」  俺がフルスイングした右フックは腰を曲げたタケルに躱され、そのあまりの勢いに女子が「ひっ」と怯んだ。 「そ、そうだったんだ! 急に変なこと聞いちゃってご、ごめんねぇ!」 「ん……」  不自然に大きな声で言い残して女子は、女子たちのグループに帰っていった。ずっと見守っていたらしい。報告を聞くやいなや、勝手に盛り上がっていた。  次は伊織に質問しに行くようだが、あの言論暴力に言葉で蹴られるのは目に見えてる。 「ったく……気楽で羨ましいねぇ、学生サマは」 「そう言ってやるな。あれが普通だ」 「そうかい。ま、どうだっていいや」 「ただいま光一。待った?」 「おう。人生ゲームやろうぜ人生ゲーム」  ケータイいじってゲームを呼び出すのだが、教師が来てしまったので退散。いわゆる帰りの会というやつをやって、あとは帰るのみだ。 「――と、そうそう。前から言っていた通り、明日から転校生が来るからみんな、仲良くするように」  にわかに騒がしくなる教室。俺は頭の後ろで腕を組み、机の上の足を組み替えながら眉間に力を入れた。 「…………転校生?」 「光一はサボりのせいで聞いてないんだよ。市外のお嬢様学校からの編入生だよ。女の子だってさ。可愛い子かな?」 「知らん。興味ない」 「またまたぁ~」  興味などあるわけがない。なにせ明日登校するかどうかも不明なのだ。  担任が、いつもと一字一句違わぬ締めを言って今日が終わる。 「帰ろっか、光一」  俺有紗タケル伊織、示し合わせずともいつもの4人が俺の席に集まる。昨日と何も違わない光景。俺はこっそりやっていた人生ゲームで、「特に何も無し」のマスに止まって落胆した。
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