『本』の狩人(序)

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 草むらの中に身を潜め、ジンは愛用の猟銃を構える。  グリップを利き手で握り、衝撃吸収版(リコイルパッド)を胸に当てて固定する。――散弾銃は反動が大きいのだ。  先台(フロアエンド)をもう片方の手で支えて、銃身(バレル)を安定させ、備え付けられた照準器(リブ)で獲物に狙いを定める。  ――狩りの時、ジンは己自身が肉食獣にでもなったように錯覚する。  最も、ジンが狩るのは腹を満たす類のものではない。しかし場合によっては、獣肉よりもよっぽど値のつくものである。  ジンが狙う先にいる、彼の獲物・・・・。  ――――『本』だ。  ――――『本』の群れである。  草むらの途切れた先、ぽつんと開けた広場。ざっと見たところ十冊程。表紙ごと身を丸めて、『本』同士が身を寄せ合っている様は、完全に気を抜いている。  時折数冊が群れを離れて、ページを無防備にぱらぱらと開いて、空気に触れさせていた。  一冊だけ、上空でページを左右に大きく開き、旋回しているのは見張り役だろう。ジンは―――念のため・・・と、もう少しだけ草むらの中で身を屈めた。  『本』のタイプは“鳥”。比較的遭遇しやすく、狩りやすい。『本』の中では最もオーソドックスな形状だ。  『本』は本来日光を嫌うから、こんな日当たりの良い場所で見つかるのは珍しい。ここ最近雨の多い日が続いたから、黴にでも取り付かれたのかもしれない。  ジンにとっては僥倖である。  十冊ともなれば、結構大きな群れだ。これ全てを狩れば、どれだけの値価値になるか。『本』は基本高級品だ。  しかしジンは己の邪念を振り払った。無理な狩りは『本』を傷つける恐れがある。あまり大きな破損は修復ができない。当然その分、値段もがたりと落ちてしまう。  ジンは広場との距離を僅かに詰める。狙うのは『本』の背表紙。そこが一番固くて頑丈だ。肝心のページが傷つく恐れも少ない。  ふと・・・ジンが身を隠す場所に一冊、ほてほてと近寄ってきた『本』が――、唐突にページを開き、激しくばさばさとはためかせた。    ――“鳥”の威嚇行動及び、敵の存在を仲間に知らせるサイン。  ジンが腰を浮かすより早く、すでに幾冊もが空へと逃げ出し始めている。舌打ち一つ、今まさに地面から飛び上がった、一際鮮やかな赤い表紙の背を撃つ。  たぁーん、と銃声が辺りに響き渡った。  『本』の群れが空を飛んでいく中、地面をばさばさとのたうつ『本』に素早く駆け寄り、黒鉛でその表紙にタイトルを書きこむ。  ―――それでもう、この『本』はジンのものだ。  先程までの激しい動きはどこへやら、赤い『本』は静かにジンの手の中に納まっていた。  ジンは上空を見上げる。  ―――ばさばさ、ばさばさ。  ページと表紙を羽ばたかせながら、『本』の“鳥”達は飛んでいく。渡りの途中だったらしく、南へ、南へ・・・。  幾枚ものページがぱらぱらとはためく様、表紙の緑や青、黄色に紺といった色鮮やかな色彩が空を埋める光景かは何とも言えず美しい。  この場に一冊残された『本』を置いて、彼等は空の向こうへと消えていく。  ジンはその光景を眺めながら、手の中の『本』の表紙を何度も撫でた。
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