『本』の狩人(序)

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 見渡す限り山脈が並ぶその側面に、一つの村が存在した。それが、ジンの住まう村であり、彼はここで生まれ、二十五年間生きてきた。  ジンの仕事は『本』の狩人だ。そしてこの村唯一の本屋でもある。  昨今では狩人と本屋が別々である事も増えたと聞くが、地方ではまだまだ兼任する者の方が多い。  狩人は神の試練に挑み、そして知識を人々に分配する――誇りある仕事だ。  ジンも今更、誰かに店を任せて狩人に専念するつもりも、また逆になるつもりもない。それが狩人のプライドだから。  今日ジンが狩ってきた『本』は、その殆どが童話だった。  金縁の入った青の表紙は、人魚姫の悲恋を描いた『本』。  群れから一冊だけ狩れた真っ赤な本は、森の中で小人達と住まうお姫様の『本』。  全面金箔の重厚な表紙の本は、様々な童話の収集『本』。  熟練の狩人ともなれば、表紙を見ただけで中身が解るし、記すタイトルも間違いが無い。特に童話の類は世界に一冊だけでなく、同じ『本』が何冊も存在する不思議さだ。  念のため・・・と、ジンはタイトルと中身に齟齬が無いか確認してから、自宅兼店である本屋の棚に『本』を陳列していく。  見上げるような書棚に、ぎっしりと詰まった『本』達。  その中央に立って『本』をみあげれば、なかなか荘厳な光景に見える。つい先程までのんびり日向ぼっこしていたとは思えない。  『本』は知識だ。  知識は神の御業だ。  この世界の常識であり、であるが故に多くの者達が『本』を求める。  特に専門学を主体にした『本』や、様々な技術を記した『本』は、その希少性や実用性が高まる程に求める者が多く、値もつり上がる。  そして当然、そんな『本』は狩りも難しい。  今回は“鳥”だったが、知識の質も価値も跳ね上がる『本』の集合体を“獣”と呼ぶ。  そして世の中には“幻想種”の『本』というのもあるらしい。俗に言う禁書クラスだ。どんなものは、ジンも見た事は無いし、実際に狩れる者も稀だろう。  まあ、地方の田舎村で求められるのは、貴重な学術書よりも、料理『本』や、簡易的な普請方法について書かれた『本』が精々だ。  そろそろ料理『本』の在庫が怪しいな・・とジンは気づく。足しておく必要があるだろう。  さて、他に足りなくなっている『本』は無いか・・・と指で背表紙を撫でながら確認していく。  『本』に触れながら・・・ジンは思わずにはいられない。  ―――『本』とは何か?  『本』は知識だ。それは間違いない。 人の繁栄に必要なもので、神の御業だ。『本』がなければ、人の世の発展は在りえなかっただろう。  しかしならば何故、童話や小説などといった作り物語を綴った『本』が存在するのか。  確かにそれらも、異国の知識や、思いもよらない世界を専門書よりよっぽど解りやすく教えてくれる。しかし純粋に知識のみを顧みた時、不要な文章が多いのも事実だ。  ―――『本』とは何だ。何故“鳥”や“獣”のような在り方で存在し、神の御業を抱え、しかして同時に無駄も抱えているのか。    『―――兄さん』  ジンの脳裏に、静かな声が記憶の淵から染み込んで来る。それはいつだって、彼を苛むのだ。    『兄さん―――私、『本』になりたい』    あるいは、物語『本』なんてものが無ければ、妹は今もこの家に居たのだろうか。そんな事を思いながらも、ジンの店にはあの子が好んだ童話『本』の在庫が一番多い。    ジンは書棚の中から一冊の『本』を取り出した。呪いで白鳥にされた王子達の話を描いた『本』。王子達は妹姫の尽力で、最後は人間に戻れた。ハッピーエンドの結末。  妹が一番好きで、ジンが一番嫌いな『本』。  ぱらり、ぺらりとページをめくれば、色彩に満ちた絵が飛び込んで来る。美しく、切なく、おどろおどろしく、そしてまた美しく、ページ一枚一枚を鮮やかに 彩っている。  物語を説明する文章は優しく、解りやすい。けれどもその文章がジンの頭に入ってくる事はなく、脳裏に描き出されるのは、この本を読む妹の姿だった。
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