『本』の狩人(序)

5/5
前へ
/37ページ
次へ
 ―――外が騒がしい。  その事でようやくジンは意識を現実に戻せた。  思いの外、長く哀愁に浸っていたらしく、手の中のページはかなり進んでいる。  ジンは妹の幻影を振り払うと、外の様子に耳をそばだてる。何かあったのだろうか。  ジンの店は『本』を痛めない為に、出来る限り外の光が入らない造りになっている。辛うじて備え付けられた小窓では、外の様子を伺う事もできない。  ジンは童話を書棚に戻すと、店の外に出た。  「あ、ジンさん、ジンさんっ!」  外の通りはすでに村人の殆どが姿を見せていた。  ジンを呼んだのは、村大工のおかみさんだ。恰幅の良い体を揺らしながら、小走りに駆け寄ってくる。  「大変だよ、大変だよ。村に何か大層なお人が来られたみたいだ」  「大層なお人?」  「ほらあれ」とおかみさんが指すまでもなく、それはとてつもなく目立っていた。  金銀装飾著しい豪奢な馬車。その大きさは、村のさして広くも無い中央通りを占領してしまっている。周辺を物々しい恰好の男たちが固めており、アレは多分護衛だろう。彼等の腰に下がった剣の物騒さに、ジンは眉を寄せた。  ジンは仕事で王都に行くことも多い。だから貴族の馬車というのも見た事がある。あれはその類だろうが・・・それでもあそこまで見事な大きさと装飾に包まれたものは初めて見る。  馬車を引く立派な馬や御者の衣装一つ見ても、馬車に乗る者がただ者では無いと解る。  この村の村長が護衛に周りを固められながら、馬車の中に向けてぺこぺこ頭を下げていた。  「普段偉そうな村長があんなに頭を下げるだなんて、やっぱり相当なお人なんだろうね、あの馬車の中にいるのは」  「だろうな。――しかし目に痛い豪奢さだな」  贅を凝らしたとすぐにわかるそれ。決して下品な派手さでは無いが、こんな田舎村に在っては完全に浮いている。  おおかた街道から反れて、そのまま道に迷いでもしたのだろう。まれにこの村にはそんな者達が訪れる。  この村は街道からそう遠くないし、山の裾野から斜面に沿うように広がっているから、見つけやすい。    村長が先導して、馬車はからころとその後を追う。この村に宿屋なんてものは無いから、迷い込んだ旅人が休息や宿泊を希望する場合、村長の家に案内されるのが習いだ・  終始低姿勢の村長の姿が正直滑稽で、彼と馬車の一団の姿が道の向こうに見えなくなると同時に、おかみさんと顔を見合わせて笑い合った。  あの馬車の主が何者であれ、ジンに関わりある事では無い。明日にはさっさと街道に戻っていくだろう。  さて、明日の狩りの準備でもするか・・・と、おかみさんに挨拶してからジンは己の店に戻った。  ―――しかしてそんなジンの予想は、想像もしない形で外れる事となるのだ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加