『本』の狩人(前)

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 秋山は実り豊かだ。  ちょっと見上げれば・・・熟れて中を覗かせるアケビ、ブドウのように実を連ならせたクルミ、下を通る時は少し注意が必要な栗。  目線を落とせばイチゴ、クサボケ。  色彩は鮮やかに、黄色く染まったイチョウ、真っ赤な楓。  アザミ、撫子のも桃色、リンドウの美しい紫。  『本』の狩人に季節は関係ないが、冬を前にしては自然と力も入る。できるならば、秋の内に蓄えを作っておきたい。  山の裾野に村が出来たのも、この豊かな山があったからだろう。実りだけにと止まらず、猪、鹿などの獣もよく狩れる。裕福とはいえないが、最低限の生活は保障されているのが、ジンの住まう村である。  ジンのような狩人にとってもありがたい事に、『本』が不猟になった事もない。  とはいえ、いわゆる希少『本』が狩れる程穴場というわけでもない。  こちらもあくまで必要最低限。  基本は“鳥”の『本』。小さくはあるが、稀に“獣”の『本』も狩れる。  ジンは足元の草を踏み分けた。地面に蹄が二つくっついた獣の足跡。表面には艶がまだあった。  「ソレは何ですか?」  背後からボーイソプラノが聞いてきた。ジンが背後を振り返れば、ぱちくりと瞬く大きな目とかち合う。十歳ぐらいの少年が好奇心に目を輝かせていた。  栗色の巻き毛、ほんのり染まったまろい頬。上質のウエストコート、つば広の帽子、日に焼ける事を知らない肌は、村ではとんと見られないものだ。  山入りを意識して、服装こそ動きやすいそれだが、さてはて、その裾をちょっとでも破きでもしたら、弁償額はいか程か。少なくとも、田舎者に払える金額では無かろう。  ―――いやいや、向こうも山入りが決して綺麗なものでは無いと理解していると思いたい。  いかな温室育ちの貴族でも、自己責任という単語ぐらい知っている筈だ。  もし、あの服をちょっとでも汚したり、あるいは破けたりする事態になったとしても、―――(俺には責任無いよなぁ・・・)と、ジンは情けなくも願わずにはいられなかった。  「あのぅ、狩人さん?」    少年の声に戸惑いが混じった。  「・・・・猪」  「はい?」   「この足跡は、猪のものだ」  へぇ、と少年が感嘆の声を上げる。性根が素直な子のだろう。  悪い子ではない。無いのだが―――何故自分がこんな良い所の坊ちゃんの面倒を見なければならいのか。  せめて護衛ぐらいは付けるべきでは無いのか・・・。つらつらと、そんな事を考えてしまう。  「これはまだ新しい。向きを変えるから着いてこい」  「はい」  ジンは決して無愛想な性格では無い。ある程度の社交性もあるし、子供だって嫌いじゃない。しかし今回は別だ。  対応がぶっきらぼうになっている事を自覚しながら、ジンは昨晩の記憶を反復する。  何故、山の中をこんな子供と二人、『本』狩りに出る羽目になったのか。思い出すに、思い出すに、・・・ジンはどうしても不満が噴き出してしまうのだ。
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