『本』の狩人(前)

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 そして現在、張り切る少年を連れて、ジンはいつも以上に細心の注意を払いながらこうして狩りに出向いている。  頭の中では村長と、あの青年に対する怒りが沸々と湧き上がる。例え狩りの見学が少年の希望であれ、そこに危険があるのならばきちんと諭すのが大人の役目だ。――最もそれは、結局少年・・・もとい少年を説得できずにこうして連れ歩いているジンも同罪なのだけれども。  「狩人さん、狩人さん」  「何だ?」  「同じ足跡がありますよ?――猪です。また方向を変えますか?」  少年が示す先、確かに枯れ葉に紛れて二本爪の足跡が残されていた。周辺の土は乾ききっている。  「いや、これはこのまま行く」  「何故ですか?」  「その足跡は乾いているだろう?上に落ち葉も被っているから、足跡がついたのは結構前だ。猪と遭遇する可能性は低いだろう」  「へえ」  こてん、と少年は首を傾げた。  「何故、猪の足跡が新しいと駄目で、古いとそのまま進むのですか?」  ジンの少年に対する態度が、ついついぶっきらぼうになってしまう理由の一つにこれ(・・)もある。  この少年、とにかく「何故?何?」が多いのだ。子供が好奇心旺盛なのはわかっているが、とにかく目に付くもの、疑問に思う事をすぐ口に出す。  それ以外は、疲れたなどとぐるず事もなく、ふらふらと勝手に歩き回る事も無い、ジンの言う事にも素直に従ってくれる良い子なのだ。  村の腕白小僧共に見習わせたい行儀の良さなのだが、それでも何かにつけ質問が降ってくれば辟易もする。  「猪の足跡が新しいと、その先に猪が居る可能性がある・・・これは解るな?  つまり、危ない」  それでも少年の質問にきちんと答えてしまうあたり、ジンも自覚なく人が良い。  「猪に襲われますか?」  「そうだな。あと猪の縄張りは同時に村の猟師の狩場でもある。  対猪用の罠も張ってあるらしい。――俺は罠の見つけ方も、回避方法も解らん」  罠の作り方は猟師の秘儀だ。おいそれと教えてもらえるものではない。  だから彼等は口酸っぱく、決して猪の縄張りには近づくなとジン含む村の民にもきつく言い渡している。  「猪用の罠とはどんなものなのですか?」  ―――そらきた。  案の定の質問だが、ジンも解らないものは解らない。ただ、昔狩った『本』には猪の狩猟について書かれたものがあった。  「実際のところは解らんが・・・昔読んだ『本』だと、落とし穴を掘って、中に木で作った槍を何本か立てておく、なんてのがあったな」  「・・・・えぐいですね」  「えぐいなぁ」  猪の、串刺し一丁。―――えぐい。  けれども村にとって猪肉はごちそうである。おいそれと猟師に罠について意見できる筈もない。  こんな話も・・・子供にするには不適切だったやもと、とジンは少し反省した。少年の栗色の巻き毛がふるふる震えている。何やら申し訳なくなって、ジンはそのつむじをかき回すようにして、少年の頭を撫でた。  きょとん、とした目がジンを見返してくる。とことん邪気のない瞳だ。  いい加減、そろそろジンのささくれた感情も削げて来た。人間、怒りにしろ何にしろ、一つの感情を維持するのは結構難しい。  何より―――流石に大人げなさすぎる自分を自覚できる程度には、ジンにも冷静さが戻ってきていた。  ――まあ、子供の好奇心それそのものは悪いモノでも無し。危険が無い程度に付き合えるだけつきあってやるか。  その内、飽きもするだろう。  ジンは少年を促すように、背中を軽く叩いてやった。  「狩人さん、狩人さん。――では古い足跡を避けないのは、逆に何か理由があったりしますか?」  「うまくすれば、猪が打ち捨てた巣に行き当たらないかと思ってな」  少年が首を傾げて、「何故?」と問うた。    「猪は巣を湿地から避けた場所に作る。藪の中に穴を掘り、萱やらなにやらの葉で屋根をかぶせ―ー壕のようなものを想像してもらうと解りやすいか?  その巣が、『本』達にとっても居心地が良いのか、たまにそこを住処にしている事がある。  「それは知識ですか?それとも狩人さんの経験ですか?」  可笑しな事を聞くな、とジンは思った。  「半分知識、半分経験だな。猪がどんな巣を作るかが前者、『本』がどんな場所を好むかが後者。でもって二つ合わせて結果、結論」  へえ~~~、と驚いてみせる少年の様は心地よい。つい、年甲斐も無く胸など張ってみせる。  少年はそんなジンの様に愛想よく笑って、そうしてどこまでも素直に彼のうしろをついてくるのだ。
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