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聴取ファイル1
「どうせ、病にやられるくらいならば自らの手にかけたかったんだろう」
逮捕翌日。
状況的にもおそらく間違いはなく犯人からの自供も済んでいるため、形式的な裏を取りに来た刑事は三島を睨んでそう言った。
白髪混じりの髪を後ろになでつける壮年の刑事は、細い軟弱な体の上半分をあげて微笑む三島にいい感情は持っていない。
吐き捨てるようなもの言いで、イエスだけを求める尋ね方だった。
質のいいスーツに身を包んだ刑事の不遜な態度に気分を害した様子もなく、三島は相変わらずの表情で首を傾げる。
「どうしてそう思ったんですか?」
「無差別じゃなく身近な、それも大切な人を殺したバカはだいたいそういう理由だからだよ。好きだから、愛しているから、病気ならなおのことそうなる人は少なくない」
「へぇ」
被害者からすればそれほど横暴な理由はないというのに。
刑事は苛立った様子で舌を打ち自分の胸ポケットを指先で弄ぶが、その手は空を掴み、すぐにおろした。
三島はあぁと声を上げ、指先で丸を作って笑みを深める。
「煙草、吸っても大丈夫ですよ。ほら、俺は病人ではなく怪我人で、正しくは罪人ですし」
そう言ってニコニコと状況に不釣り合いな表情で笑う三島は、確かに病人らしい悲壮感とはほど遠かった。
禁煙論のまかり通ったこのご時世に快く喫煙を薦める。
それでも刑事は食い殺さんばかりに三島を睨みつけ、胸ポケットに手を寄せることはなかった。当たり前だ。ポケットにはなにも入っていないのだから。
「余計なことは話すな。お前は警察が納得する動機を吐けばいいんだ」
「ドウキ」
刑事の形相を間近に見ても、三島は調子を変えることはなかった。
オウム返しに首を傾げてにこやかに微笑む。笑顔のままに首だけグリンと曲げる姿は刑事にとって不気味で、気味が悪いものだ。
三島と接していると自分の調子が歪む。
それも見て、触れて、わかるような歪みではない。自己へ影響するのかどうかも怪しい僅かなものだ。
胸の奥が不快な泥の塊で痒くなる。
彼は一見して痩せぎすの不健康な優男。
それが殺人犯らしく暴れるでも狂人のように話が通じないでもか弱く涙するでもなく、ただ普通に微笑んでいる。
それだけで異様な気がした。
事件自体はシンプルなものだが、三島のなにかは壊れているような予感。
そのなにかがなにかわからない。
そんな刑事の予感を知らない三島は、呑気に目を輝かせてぽんと拍子を打った。
「俺は警察が納得する動機がよくわかりません。なので、刑事さんたちが俺の動機を当ててください」
「なに?」
三島の申し出に、刑事は当然難色を示した。というより、馬鹿馬鹿しいと相手にする気はなかった。
そんな刑事に三島は穏やかに食い下がる。
「手間を取らせて申し訳ないんですがね、ただそれだけですよ。俺がみーくんを食べたのは事実です。それはホント。ただ中身が欲しければ与えてほしい。誰かの考えた動機で俺の心がそれだと同意すれば、キチンと認知しそうだといいましょう」
枯れ枝のような腕を伸ばして、仕立ての良いスーツの裾をくっと引く。
刑事は咄嗟に強く振り払い、いきなりなにを言い出すのかと文句を言うため再度睨みつけた。
だが、振り払われてベッドの柵を掴む三島は、瞳を引き絞ってニンマリと猫のように笑う。
やはり笑顔なのだ。気色悪い。
どうあれ、彼は笑顔なのだ。
「気になるんですよ。俺がみーくんを食べた事実は、他人からどう見えるのか。大丈夫、ハズレていても怒ったりしません。俺の感情の残りは笑顔だけ。ねぇ」
三島は崩れた体勢をそっとただして、背筋を伸ばし両手を布団の上に添える。
そしてその顔に浮かぶ薄い貼り付けたような微笑みは、刑事が今日初めて見た三島の姿と同じだ。
同じはずだ。
「あなた方の豊かな情緒を撚って、綺麗な想像で肉付けして、自慢の常識で飾り立てて、俺の気持ちを……みーくんの気持ちを味付けしてください。よくある話でしょう? 食べちゃいたいほど愛してるなんて」
「今までの俺の言葉に嘘があるかもしれない。でも、みーくんはもう喋らない。じゃあ俺しかいないんです」
「さぁ、得意の〝どうせ〟と〝だろう〟で俺たちの心を見透かして? 俺なんかよりずっと素敵なあなた方の想像に、必ずドウキがあるはずです。そしてコレは絶対の事実」
「俺は好きな人を食べました」
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