聴取ファイル2

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聴取ファイル2

 レディススーツを身にまとった無表情な女性と、微笑む三島は、かれこれ十分ほど見つめ合っている。  長い髪を一つに結い上げた冷たい印象を持つ女性は、刑事の部下であった。  ──動機を当ててみろ。  そう言ったと苦々しい顔で告げる上司は、からっぽの胸ポケットをなでながら病院の外で帰りを待っていた彼女に三島の聴取を命じた。  命令通りにやってきた女部下は、三島の薄い微笑みを見透かすように見つめる。  上司の胸ポケットには、かつて煙草が常に入っていた。だがそれも、しばらく前にパタリとやめたのだ。  理由は、病を苦にした息子の自殺未遂。  両親に大いに迷惑をかけることに悩み、ならばいっそと試みたものだった。  こうした方がためになるだろうと勝手を考え生き死にのやり取りをすることを、上司は毛嫌いしている。  煙草を辞めたのは、息子の体を慮ってのことだ。  そんな上司の言うとおりなら、三島は殺したほうが水野のためになるだろうと勝手を考え、命を奪ったことになる。  女部下は、もしもそうなら嫌悪しただろう。だがしかし、想像にすぎないそれが正解なのかどうか──答えを聞き出すためにやってきたのだ。 「どうして水野を食べたのですか?」  沈黙を破った確信に触れる質問に、三島はやはり表情を変えずに佇む。 「それを考えるのはあなた方です」 「考えずとも、あなたの持っている答えを教えてくれればいいでしょう」 「持っていないんです。だから困っている。動機がわからない」  理解できない。  女部下は三島の言葉に黙り込んだ。  犯人が知らないことをどうして部外者が知っているのか。  そして動機があるでもなく、ないでもなく、わからない。  それじゃあ、わけがわからないなりにも殺そうと思って殺し、食べようと思って食べたということになる。  そんなあやふやな気分で法を犯し、愛する人を蹂躙したのか。  理解できない。  女部下は困惑を飲み込み、再度三島の瞳を見つめた。 「……私はあなたがおかしな人で、ある日突然人を食べようと思い、食べるならば愛する人をと思ったのではないかと思います」 「へぇ」 「上司はあなたを、恋人が病気だから自分の手で殺し、そして共に生きていこうとしたのだと言っていました。しかし私は、あなたはそんな正常(・・)な人間ではないと感じました」 「なるほど、刑事さんよりいくぶんわかりやすいドウキで嬉しいですよ」  本当に嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる三島に、女部下はやはりそうに違いないと内心で改まって自分の仮説を支持した。  世間で綴られる恋物語をなぞれば、人が人を食べる理由なんて往々にしてそのようなものだ。  口にしなければ命を落とす極限の飢餓状態だったか、触れ合うだけでは物足りず、自らの一部として生を謳歌したいロマンチストのバグ。  女部下はそんな理由なら理解できる。  共感し、同情し、さもありなんと永遠の生を与えたい心に一欠片の尊さを見たかもしれない。  しかし三島にはその尊さが一欠片もないのだ。理解できないとはつまりそういうことで、ならただの気まぐれに決まっている。  気まぐれに人を食べてしまう。  それが異常者なのだから。  開いた窓の向こうからふわりと風が舞い込んだ。澄み渡る青空はどこまでも清々しく、微笑む三島の背景を飾っていた。 「しかしあなたはどうも──異常のようだ」  ヒュゥ、と喉の奥が呼吸にしくじって変な音を立てた。  なにを言っているのかというふうに目を見開き、何度か瞬きをする。  誰が、どこが、どうして異常だと?  女部下は狼狽し、説明を求めるように黙って三島を見つめた。  三島は笑う。  やはり、笑う。 「ヒントをどうぞ。みーくんはいつも明るく優しい人で、こう見えて俺はみーくんをとても愛しているのです」 「それが、どうして私が、と?」 「常識から外れた行動の正常と異常の境界線は、そこに思いやりがあるかどうかだから」  思いやり。そんな物差しのまちまちで不確かなものを境界線にするなんて、ナンセンス極まりない。  女部下は憤った。  殺人を犯す彼より自分は正常だという自負が、三島の言葉に嘲りを感じさせたのだ。 「有名な話です。ある人を恨んでいた犯人はそれを殺害し、同時に無関係なその人のペットと子どもも殺害しました。理由は『飼い主と親を奪ったため、お詫びにあの世で再会させてあげようとした』。これをあなたの考えではどう判断するのです?」 「正常ですよ」 「どこが! 罪のない命を奪っているのに」 「いえいえ。無関係なペットと子どもにすると大事な人だろうその人を殺してしまったので、犯人なりに思考し、思いやって行動してるじゃないですか。しかし俺の考えなので、あなたは気にする必要ありませんよ?」 「私を遠回しに思いやりがないと言ったのに気にしないわけないじゃない」  感情のままに、三島のベッドのマットレスを強く殴った。  無自覚に罵倒するだけ罵倒して、いったいなにを今更殊勝ぶって気を回してみせるのか。  突然の衝撃にも動じた様子はない。  三島は笑い、僅かな瞼の隙間から濃黒の瞳を覗かせた。 「食べたいから食べたじゃ、エゴイスティックなドウキじゃないですか。食べてほしいとせがむので食べた。うん、それのほうがずっと綺麗なドウキの味がする。でもそれなら俺はカニバリストではないのかもしれません。ふふふ」 「しかし、俺は好きな人を食べました」
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