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「動機は、全部正解で全部不正解。そうなんだろ?」
真夜中の静まり返った病室でそう尋ねるが、三島は笑顔で見つめ返す。
ビチャ、と血が吐き出され、口元を拭う。悠々と横になるが、咎めることもなく気遣わしげに眉を垂らすだけだ。
黙って話を聞く三島に少し笑って、映画の感想を言い合う時のように穏やかな語気で語ってみせる。
二人の答え合わせは簡単だから。
「愛しているからであり、そうしたかったからであり、そうしてほしがられたからでもある。お互いの希望を加味し、納得のいくよう思いやって決めたことなんだ」
「あはは、それじゃあ警察の納得する動機じゃないだろうに」
「意地になったんだろ。それに必死になって俺たちのことを考えさせてみたくなった」
「なるほど」
三島はわかったように頷く。
とすればわざと交番へやってきて、謎掛けをして遊んでいるのだ。
今日ここへ来た刑事たちにとっては、たまったものじゃないだろうに。
笑うと胃のあたりがキリキリ痛んだ。
病で青白くなった肌は血管が透けて気持ち悪い。それでも三島はいつも綺麗だと太陽のようにカラリと笑っていた。
死にかけの体に手を這わせ、唇を落とし、壊さないように丁寧に触れる。
優しい三島は、自分の熱を明け渡す。
誰も知らない動機の答え合わせをしよう。そう言うとやはり三島は笑った。
カーテンが揺れる。
開いた窓の外から、生ぬるい夜風が乾いた肌を撫でた。
「病が怖かった」
「初めは二人きりで幸福な世界に閉じこもっていた。だが日が経つにつれ死ぬのが怖くてたまらなくなり、半年を切ったあたりから俺はどうにも思考回路が錆びついた」
「不安項目は三つ」
「一つ、いつ死ぬかわからないが必ず死ぬ。二つ、俺が死んだあとお前がどう生きていくのかわからない。三つ、離れ離れになるのは嫌だ」
「腕の傷はお前がした」
「なら死んでやるとやった。あとでネックになり、抵抗にしてはあまりにはっきりとしていて傷口が汚かったから粗末なナイフだなんてわざとらしく口にした」
「一つ一つ交換しよう」
「そう、答え合わせだからな」
お互いのカードを出し合うと、役は揃い始め意味のあるものになる。
シーツが赤く染まっても三島はまだ咎めたりしない。愛おしそうに目を細め、掛け合いを楽しんでいる。
「二人きりの世界で死は伝染した」
「そう、死が怖くなった。一人きりの世界になったあと、途方もない恐怖に苛まれるのは恐ろしかった」
「恐怖に掻き立てられたお前は俺に言った」
「死に怯える恐怖はこんなにも心細い。お前を心細い気持ちにさせるわけにはいかない。だから、この手で殺したいと」
「俺は俺を思いやるお前の言葉が嬉しかったけれど、死んだあとに引き離されるのは嫌だった。遺体は土を隔てて離れ離れかもしれない。そもそもお互いしか家族のいない俺たちは埋葬してもらえるのだろうか」
「だから食べることにした。身体が一つになれば焼かれる時も一緒だ」
グッドアイデア、素晴らしい。
抱き合って喜び、必ず死のうと誓いあったあの日。半端に痛みを与えることはできないだろう?
三島は医学生だったから、そういうことには詳しかった。
短期間だが痛みのないように処置してくれたし、そのための準備もしてくれた。
共に生きていくために食べたわけじゃない。共に死ぬために食べたのだ。
ただそうしたかったからじゃない。
恐怖を摘んであげたかったのだ。
願われたからじゃない。
願い合ったからだ。
あんなことを言い出したのは、二人だけの正解を、誰かにわかってほしかったのかもしれないな。
自嘲気味に笑って、夜風を招く窓に向かう。今度の三島は笑っていたが、泣いてもいた。
自首した。犯人になった。
するとどうだろう。
途端に戯言に耳をかさざるを得ない人間が生まれてくる。
そこで動機をと言えば、とかくみんな考えてはみるかもしれない。
嫌々理解しようと、みんなが躍起にならざるを得ない。
情緒に溢れたスペシャルな脳味噌たちの中に、もしかすると二人の正解をピタリ当てるものがあるのかもしれない。
そんな遊びを、この未だ状況証拠しか浮かび上がって来ない、事件直後の一日で仕掛けたのだ。
三島 健治がなぜ水野 高幸を殺して食べたのか──ただそれだけが与えられた情報。
誰かのそれが正解だったとしても、〝どうせ〟と〝だろう〟でしかないのである。
「 」
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