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「――さて。これで晴れて、俺とお前とは赤の他人だな」
役所に離婚届を提出し終えると、彼は心底「せいせいした」という感じの表情を私に向けてきた。きっと、私も同じような顔をしていることだろう。
五年間にも及んだ彼と私の婚姻関係は、紙っぺら一枚によって終止符を打たれた。
元々、恋愛感情に任せただけの、周囲から強く反対された結婚ではあったのだけれども、まあそれでも長く続いた方だろう。
彼の仕事は夜が中心で、私は昼間に働く会社員。休日もあまり噛み合わない。二人の共有できる時間が少ないことは、出会った頃から分かっていたはずなのに……。
「そういえば、どうして全くの他人のことを『赤の他人』って言うんだろうな?」
ようやく他人同士になれたというのに、彼は何故か、今まで通りに親しげに話しかけてくる。
「婚姻届は二人で出したんだから、離婚届も二人で出そうよ」と提案された時も思ったのだけれど、なんというか、彼はどうにも空気というやつが読めないらしい。こちらは一刻も早く「さよなら」したいのに。
「……『赤』って言葉は、本を正せば『明るい』とか『明らか』みたいな意味だったそうよ。だから、『明らかな他人』という意味で『赤の他人』と言うんじゃなかったかしら?」
「おお、なるほど! 相変わらず物知りだな!」
私の答えに、彼が子供のように無邪気に感心する。律儀に答える私も私だけど、感心する彼も彼だ。
せっかく離婚が成立したのだから、とっとと離れればいいのに。何を馴れ合っているのだろうか。
「もう、お前のうんちくを聞けないと思うと、ちょっと寂しいなぁ」
「……何よ、それ」
離婚が成立した後で、そんな未練じみた言葉を吐かれても、反応に困るだけだった。
そもそも――そもそも、だ。私達のどちらかか、もしくは両方が仕事を変えて一緒にいられる時間を増やす努力でもしていれば、私達は別れることなんてなかったはずなのだ。でも、どちらも譲らなくて……二人の時間は増えるどころか年々減っていって……。
つまるところ、私も彼も、お互いよりも仕事を選んだわけだ。今更、未練なんてない――。
「もう私達は『赤の他人』なんでしょ? だったら、すっぱりきっぱり、ここで別れましょう」
それでもまとわりつく「何か」を断ち切るように、彼に別れを告げる。
「――うん、そうだな。じゃあ、ここで」
「うん。それじゃあ、バイバイ」
最後にそんな言葉だけを交わして、お互いに背を向けて反対方向へと歩き出す。振り返ることも、歩みを緩めることもしない。
私達の決断を、真っ赤な嘘になんてしないために――。
(了)
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