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「おい、エリコ」
私の娘が背筋をびくりとさせてふり返った。そばのふたりも私に顔を向けた。
「家に傘を忘れて学校にいっただろう? パパもちょうど駅についたところだったから、そこのコンビニで傘を買って届けにきたんだ」
途端にふたりの女子生徒の顔がこわばった。
「ちょっとパパ! 学校になんかこないでよ!」
エリコの顔が険しかった。
「す、すまん。傘がなくて困っているだろうと思って届けにきただけだ。こんな土砂降りのなか帰ったら、ずぶ濡れになるぞ」
「べつに困ってなんかいないから! いらないから!」
私はエリコが照れくさがっているのだと思った。
「なに言ってるんだ? カゼでもひいたらたいへんだぞ」
「とにかく! わたしはだいじょうぶだから! さっさと帰ってよっ!」
エリコが私の胸を突き飛ばすように押してきたのと、その言い草に、私は憤怒した。
「なんだ! その態度は!」
「エリコ!」
女子生徒ふたりがエリコに手まねきをしていた。口もうごかしているが声は出ていなかった。
廊下の隅にさがった女子生徒のふたりが身をこわばらせた瞬間、男子生徒がひとりあらわれた。長身で体格が良いし、爽やかな顔立ちだった。ガリ勉タイプではなさそうだ。
女子生徒のふたりは、手を取り合ってその男子生徒を見ていたが、エリコはうつむき男子生徒に背を向けていた。
男子生徒が、ちょうど私の前に立った。名札が見えた。
<二年一組 晴山陽介> かれは、上履きから下履きに履きかえた。
男子生徒は私を見た。いや、私が手に持った二本の傘に目を向けたようだった。そして、エリコを一瞥すると私に会釈してから昇降口を出て、傘を開き、雨のなか校門に向かって歩いていった。
私は鼻をすする音を聞いた。私は自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。私の娘が泣いていたのだ。
エリコは、私の手からビニール傘を奪うと、げた箱の床に叩きつけた。
「パパなんか大嫌い!」
エリコは泣きながら女子生徒ふたりのほうに駆けていった。エリコはふたりに抱きかかえられるようにされると廊下の奥に消えていった。三人は私のほうをいっさい見なかった。
私はしばし昇降口で立ちすくんでいた。
数人の生徒らがあらわれ、ふざけあいながらげた箱から靴を降ろしだしたので、私はビニール傘を拾いあげ、エリコのげた箱にひっかけた。
私は降りしきる雨のなか、傘を開いて校門に向かっていった。
私は校門から外に出るまえに、いちどその場でふり返った。激しく雨が降るなか、だれもいない昇降口を見て、私はいまと似たようなことが昔あったことを思い出していた。
私はかぶりを振った。今さら後悔してもどうにもならない思い出だった。
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