序章

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序章

 例えるなら、互いに向き合い朝食をとっている家族の横に立つ全身鎧の衛兵。それほどに違和感のある光景だった。  腰まで届く銀色の長髪を広場のベンチの背もたれに挟んだまま座る若い男。男は足を交じらせ、その膝の上で両手の指を組んで遠くを見つめている。  それだけなら絵になるのだが、男の耳の上には黒々とした角が天を突き、額には黒い宝石が埋め込まれていた。  人ではない存在。それが小さな集落にある広場のベンチでくつろいでいた。 「大魔王様、とりあえずは落ち着いてきたようです」  男の側で周囲を見渡していた黒と白のメイド服を纏った猫型の女性が、頭を小さく下げて報告する。彼女の体を覆う黄金色の体毛が広場の魔動ランプに当てられて光沢を波打つ。 「そうか………さすがに人間も魔物も諦めたか」  遠くに立つ集落の人間から時折視線を感じながら、男が自嘲する。  つい先ほどまでこの集落にいた白銀の甲冑を身につけた騎士達と、街から撤退してきた魔物達とが出会い、一触即発の殺気をみなぎらせていた。  これまで互いに相手を殺し、味方を殺されただけに当然の反応ではあったが、互いに引かずに感情が先立つかという時、男はその間に自然体のまま割って入った。  男は名乗ることなく、無言で立ち続けた。人間、魔物のいずれかが動きを見せると寸分違わずに原因を作った者を睨みつけ、その動きを止めさせる。睨まれたが最後、その者はまるで父親に怒鳴られた子どものように背筋が勝手に伸び、息ができなくなるほどに動くことができなくなった。  騎士達も間に入ってきた男が魔物であると分かりながらも、言葉も手も出せなかった。それは魔物側も同じで、仲間であるはずの男が睨みつけてくることに疑問を持ちつつも、それを誰も咎めることができなかった。
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