第四章

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「隊長、コーヒーが入りました」  村長の家から隣に2件離れた空き家を借りたタイサは、リビングのテーブルに置かれた木製のコップに目を向ける。 「ああ、ありがとう。エコー」  タイサはソファーから立ち上がろうと右手を柔らかい背もたれに乗せる。一瞬、動きが止まるがタイサはそのまま立ち上がるとエコーの用意したコップの取っ手に左の指を通した。 「ん? もしかして、いつも飲んでいる豆とは違うやつか?」 「ええ、デル総長の奥様から分けてもらいました。王都の貴族御用達の一品だそうです」  タイサがコップの角度を戻すと、エコーもようやくコーヒーに口をつけてタイサと同じ味を堪能する。  そして先にコップをテーブルに戻す。 「右手はまだ大丈夫ですか?」  エコーの視線が黒革で作られたタイサの右手袋に向けられる。 「………ああ、大丈夫だ。動かすことはできる………が、なるべく細かい動きは左手でした方がよさそうだ」  何度か握ってタイサはそれを証明する。その後コーヒーの残ったコップを置くと、右手袋の隙間から見えた黒い皮膚を隠すように手袋を無理に伸ばした。  この集落に来た日の翌日、タイサはエコーにだけ自分の異変を打ち明かした。彼女はゲンテの街での会話の中で何かしらを察していたらしく、話を聞いても動揺するほどには驚かなかった。そしてエコーは自分だけに打ち明けたタイサの気持ちを胸中で受け取りつつ、自分の愛した男の最期を意識させられたことに対して静かにタイサを抱きしめるだけであった。  そして集落での生活から約6日目、タイサの右手は指先から手首までが完全に黒く変色していた。特に戦いがあった訳でもなく、日に日にその黒はまるで日の出が沈み、影が街壁を支配していくかのように体を侵食していった。
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