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「………何の真似だ」
大魔王は今にも鼻頭が付きそうな距離にあった王女の顔を見ても微動だにせず、彼女に声をかける。大魔王の言葉からは冷たい息が、王女からは温かく花の匂いが自然と交わされた。
「大魔王でも寝るのかと思っただけです」
膝に手を当てて腰を屈めていたアイナ王女の体が勢いよく起こされる。彼女は右手に湿ったタオルを持ち、外に出るにはやや薄着であったが、僅かに露出している肌からは湯気が立っていた。
「他の者に聞きましたが、あなたはこの集落に来てからずっとそこに座っているのですか?」
広場のベンチを半永久的に支配していた大魔王は、ここが真の玉座と言わんばかりに腰を深くして座っていた。ベンチの中央で座る位置は不動で、せいぜい両手を横に広げて背もたれに腕を干しているか、指を組んで膝の上に置いているか程度の動きしか見せていないらしいと王女が半ば呆れながら尋ねた。
「余のような存在が、この集落で好き勝手歩き回っても良いならそうしてみせるが?」
大魔王が右手を小さく動かして王女に向けると、片方だけの頬を少し吊り上げる。
一般家庭の家々に入ってくる大魔王、台所に立つ大魔王、一緒に食事をする大魔王。どこを想像しても王女の脳裏では絵にはならなかった。
「………そのままの方が良いかもしれませんね」
「分かってもらえて何よりだ」
大魔王は再び目を閉じる。
「………何か言いたいことでもあるのか?」
王女がその場から離れないことに疑問を抱き、大魔王の両目が再び開かれた。魔物の頂点に立つ存在と、国家の頂点に立つ者同士が向き合っても良い事にはならない。大魔王の言葉には様々な意味を含んでいた。
「1つだけ」
王女は目を短く瞑り、そして目を開けると単刀直入に大魔王に尋ねた。
「人と魔物は分かり合えると思いますか?」
仮に戦争が終わり、王国と魔物達が和解に至った先のこと。王女の言葉にはそれだけの意味が含められていた。
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