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「………無理だな」
大魔王の言葉は短く、そして冷たかった。
「いつか必ず強者は弱者を服従させる。または弱者が強者を妬むことになるだろう」
既に歴史が証明していると大魔王は事実を添える。
「断言してもいい。貴様が指導者としてどのように優秀であろうと、いつか王座を退き、さらにこの世から存在しなくなった二百年後にはまたどちらかが原因で争っているだろう。いや、もしかしたらもっと早いかもしれぬ」
大魔王は自分の考えを流暢に、しかし自虐的に述べながら足を組み、両手の指を交互にして膝の上に置く。
「そんな………そんな寂しい事にはさせません」
種族を越え、苦しみを越えて再び交わし合った手を放し、互いに剣を持つ手に変えたくはない。王女の声に思わず力が籠った。
だが大魔王は静かに、そして優しさが僅かに籠るようにゆっくりと首を左右に振る。
「残念だが王女よ。これは人も魔物も例外なく、知恵を得た者が背負う不変の事象。例え余のように強大な力を持ってしても、仮に貴様のように高い志をもつ者が不老不死であったとしても止めることは適わぬ。諦めよ」
王女が悪い訳ではない。大魔王は再度首を振った。
「つまりあなたは我々の歴史はこれからも血文字で記され続けると、人種を越えた平和は永遠に訪れないと言うのですか? それでは余りにも救われない話ではありませんか」
自分の胸の前に置いた手に力が籠るが、反してアイナ王女の表情は次第に弱々しくなっていく。
「王女よ。貴様は1つ勘違いをしている」
大魔王は組んでいた手を解き、人差し指で自分の頬を何度もなぞるように擦る。そして数秒程口を閉じると、時が動き出したように声が放たれた。
「この言葉は余の友から借りたものだが………王女よ、貴様の使命は永遠の平和を作り出すことではない」
大魔王の指が止まり、今度は腕が組まれる。
「弱き者が平和だと思える日を1日でも長く維持する事。それが貴様の使命だ。永遠の平和など土台無理な話、傲慢な事この上ない………身の程をわきまえよ」
大魔王の刺すような視線に王女は大きく目を開き、その視線も言葉も全てを細い体で受け止めてしまった。思わず右足が半歩下がり、気が付けば下唇を軽く噛んでいた。
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