第一章

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第一章

 シモノフの大関所跡。かつてウィンフォス王国とカデリア王国との国境沿いに作られた巨大な壁である。  その長さは地平線まで続き、陽炎でぼやける城壁を遠目に見るだけで、遠回りをして抜け道を探そうとすることを諦めさせる力があった。  だがカデリア王国は自ら仕掛けた戦争により滅亡し、ウィンフォス王国と併合されてからはその意義を失い、急速に壁は朽ちていった。  二百年の歳月は城壁の規則正しい石組を不規則に砕き、その隙間を苔が埋めている。巨大な門の関所がある街の周辺は、その安全のために城壁の修復工事が今でも定期的に行われているものの、陽炎に向かって進めばどこかで城壁は崩れているのかもしれない。 「いえ、どこかが崩れているという報告は聞いたことがありません」  長い銀髪を左右で結び、ツインテールをつくって町娘に扮したアイナ王女が、遠回りを提案したデルの話の腰を折る。彼女は馬車の中で他の人よりも1段高い木箱の上に座りながら首を左右に振り、根拠のない遠回りはかえって時間の浪費につながりかねないと主張した。 「ですが、既に街の中は王都の情報が伝わり厳戒態勢です。東に向かう馬車は悉く足を止められているようです」  シモノフの大関所跡はかつてない程に渋滞していた。デル達は旅人や馬車の最後尾についてから既に1日が経ったが、未だ街に入るための列の半分も消化していなかった。  原因は2つ。  1つ目はシモノフから東の通行が厳しく制限されていることである。ブレイダスの街は魔王軍との戦いで放棄されており、シモノフの街とブレイダスの街との間にある小さな街には、許可を受けた者しか通れないことになっている。当然、シモノフよりも東から入ってくる者達も老若男女関係なく入念に調べられ、馬車の中はもちろん木箱を1つ1つ開けて確認するほどの徹底ぶりを見せていた。  2つ目は、物流が混乱し始めていることにあった。元々カデリア自治領はその豊富な穀倉地帯から、王国の胃袋として扱われている。その自治領の中心であったブレイダスが魔物達に襲われて放棄されたため、食料が一気に高騰。情報を聞き付けた王国中の商人がこぞって食料品を仕入れようと躍起になっていた。  今では1食の値段が1日分の食糧費に相当している。1週間後には西部にも余波が届き、王国全土の主婦が発狂するに違いない。
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