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「ご主人さまー。部屋から出てきてくださいよー」
かれこれ5回はノックをしているのに、まだ部屋の中から返事は来ない。
扉に鍵は掛かっていない。でも、2階にあるこの部屋はこの屋敷のご主人様の部屋だ。僕たち召使いが無断で入ったりなんかしたら怒られてしまう。
この木製の扉には覗き窓が付いているけれど、僕の身長じゃまだまだ届かない。
「もうすぐ魔法学コンクールじゃないですか。今回はコンクールに直接参加されるんですから、そろそろ部屋から出ましょうよ」
僕の言ったコンクールという単語に反応したのか、部屋の中からガタガタバタバタと物音がしてきた。
部屋に閉じこもっている時には何を言えばいいのか、皆で相談しておいて正解だった。
「……だれなのよ」
「僕ですよご主人さま。召使いのコトンです」
掠れた低い声が部屋の中から聞こえてきた。まだ少し寝ぼけているらしい。
「あー……コンクールじゃなくて世界魔法学会議への出席、よ」
でもすぐに我に返った。
そうだった、偉い人から出るように言われていたんだった。
「少し待って。開けたら掃除していいから」
それからしばらくして、部屋の扉がガチャリと開いた。
僕たち召使いのご主人様は、この世でもっとも闇魔法に詳しい研究者。
彼女の名前はヤミー。
本名かは知らないけれどみんなそう呼んでいる。
昼間でも暗い森の中に建っている2階建ての大きな屋敷。その中でずっと自分の研究を進めている魔法使い。
長い髪も少し濁った瞳も着ている丈の長い服も、全部が真っ黒な女の人だ。
魔法を知っていて使えたりする人なら、その名前の魔法使いを知らない人はいない、それほどの有名人。
本当にそれほどの有名人、なんだけど。
「カタンもポフンもみんな心配してますよ。最近ご飯食べてます?」
「私はあなた達みたいな子供じゃないから大丈夫なの。それに私って魔女だし」
「魔女でも獣人でもお腹は減りますよ」
「はいはい分かりましたよ……」
すごい人なんだけど、すごくだらしない。それはもう心配になるほどに。
「また魔法で暗くしてるんですか?」
「明るいの嫌……」
この部屋が昼でも暗いのは、だいたいの場合ヤミー様の闇魔法が原因。
森の中だからだろうけど、屋敷も明かりが必要になったりする。
「掃除、始めますよ」
部屋に入ると埃が舞って咳き込んだ。
カーテンも閉め切っていて明かりがまったく入ってこない。
そんな部屋で寝巻のまま、ベッドの上でだらりと寝そべったままのヤミー様。
この狭い1人部屋で、今度はどれぐらい寝ていたんだろう。
「あー、そこのビンとか踏まないでね。どうなるかわかんないから」
彼女の忠告通りに床を見ると大小様々なビンが落ちていた。
少し眠ってしまうぐらいならまだしも、しばらく周囲に太陽の光が差してこなくなる、なんて事になりかねない。
そんなとても危険かもしれない魔法道具をうっかり踏んでしまうところだった。
「今回の掃除は整理も兼ねているんですから、そういうのはもっと早く言ってください!」
できる範囲で整理しながら訴えてはみるけれど、ヤミー様から返ってきたのは生返事だけ。
僕たちが勝手に部屋に入って怒られるのは、魔法道具や薬品が危ないからなんだけど。これじゃ理不尽だよ。
「とりあえず、お風呂に入ってきてくださいよ。そこにはフワリとペラリがいますから、身だしなみを整えてきてください」
ある程度危険な物を整理し終わった僕は、この部屋から出てバスルームへと行くようにヤミー様へ頼んだ。
彼女は自分の作った魔法の影響で汚れる事がない。けれど湯舟に浸かればスッキリするだろう。
今の担当は女の子のフワリとペラリだったはずだから、何かあってもヤミー様を風呂場まで連れていけるだろう。
「……!? ……!」
僕が少し安心していると、ヤミー様が咳き込み始めた。
「ご主人さま!」
見るとヤミー様のいるベッドに赤いモノが飛び散っている。
発作だ、吐血だ。
咄嗟にポケットに手を突っ込んで薬品の入った小瓶を取り出し、彼女の口へと持っていった。
ふとした事で倒れたり吐血したりするほどに、ヤミー様は体が弱く病弱だった。
僕を含めた召使いの何人かが薬を管理していて、万が一に備えて彼女の作った薬を常備している。
どうして体が弱いのか。その理由を本人に聞いたことはあるけれど、はっきりと教えてはもらえなかった。
闇魔法を研究していた事が原因………なのかも。
「これを……ゆっくり、ゆっくりと……」
ヤミー様へ小瓶の中身を飲ませてしばらくすると、彼女の咳は徐々に治まっていった。
こういう時は僕が落ち着いていなければいけない。初めのうちは取り乱していたけれど、今はまだ冷静になっていられる。
「あーあ、嫌になる」
「ぼやかないでくださいよご主人さま。だったら体のためにも外へ出てください」
「外はこわいから嫌……絶対にいや」
「そんなに怯えなくても。一体なにがあったんですか……」
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