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卒業式に何となく悲しい気持ちにさせる妖精 チャーバック
その日は朝から全校集会がありましたが、洋一郎之介は貧血体質を理由に保健室でトマトジュースを飲んでいました。もちろん、洋一郎之介は一度も貧血を起こしたことはなく、単純に校長先生の長い話の間中、立っているのが苦痛だっただけの理由です。
「全校集会だなんて何の意味があるって言うんだよ。面倒くさいし……。校長先生の話なんて3秒後には忘れているのにさ……」
トマトジュースを吸い上げると、残り少なくなっていたのかズズッと鈍い音がしました。
「もう無くなっちゃったよ……。紙パックは量が少なくってやんなっちゃうよ」
ズズ……ズズ……っという音を聞いていると、不意にその音が人の鼻をすする時の音に聞こえてきたのです。
「あれ? 誰か泣いてる?」
洋一郎之介はその音を聞いていると、こっちまで悲しくなってきました。
「なんだろう……。何かひどく悲しいよ……」
洋一郎之介が涙を拭うと、目の前に卵に顔が付いていて、羽が生えているのに頭のてっぺんにプロペラをつけた生物が浮遊していました。
「ギャッ! 卵! 割れるっ!」
「心配いらないYo! 僕はチャーバック! 卒業式に何となく悲しい気持ちにさせる妖精なんだYo!」
チャーバックは羽を動かすものの、頭上のプロペラのせいで浮遊力が相殺されているのか、浮いたり沈んだりを繰り返していました。
「君は一人でこんなトコにいちゃダメだYo! 卒業式っていうのは特に何の思い出がなくても、否、時として学校なんか行く必要なんてねえんだ、このスットコドッコイ共の悪の巣窟め!と思って毎日を過ごしていた卑屈な小僧時代があったとしても、最後は何となく悲しくなって綺麗な思い出を無理矢理作り上げてオールオッケーにしてしまえばいいもんなんだYo!」
「そういうもんだよね。そうだよね、チャーバック! 俺もこんなにサボったり休んだり繰り返してて学校の思い出なんて全くないけど義務教育なら必ず上にあがれるし、卒業もできるよね」
チャーバックはコクリと頷きました。正確に言うと、首が無いので体を前に倒しただけですが、ニッコリ微笑むチャーバックを見ると、勝手に肯定してくれたと取りました。
「さっきから……なんだかすごく悲しいけど……これは君の力なの?」
「そうだYo! 卒業式をサボっちゃダメだYo! さあ、式にでるんだYo!」
チャーバックに勧められて、保健室を出ました。校庭に近づくにつれて、どんどん悲しくなっていきます。
「うう……。特にクラスのみんなの名前も思い出せないけど……別れがツライよ……。えっと、隣の席のボウズ。アイツもすごくイイやつだったなあ……。確か、ドッチボールが得意だった。あれ? サッカーかな? とにかく何かよく分かんないけど良いヤツだった気がする……」
涙が止まりません。洋一郎之介は泣きながら、1年C組の列に入りました。そして隣の席のボウズに話しかけました。
「ボウズ……。お前、良いヤツだったよな……。今までありがとう……」
ボウズは困惑した様子で洋一郎之介を眺めていました。
「ミヨちゃん! ミヨちゃんもいつもありがとね……」
洋一郎之介はその隣に並んでいた女の子の手を取り泣きました。
「私はヨシ子です」
洋一郎之介は学校にほとんど行ってなかったので、誰のことも全然覚えていませんでした。そうです。チャーバックの力で何となく悲しくさせられていただけで、本来は卒業式でも何でもないのです。
「先生……あんたとも散々ぶつかったけど、俺は嬉しかったぜ……。アンタだけだよ。俺を認めてくれたのは……」
それも洋一郎之介の夢想でした。先生はまだクラスを受け持ったばかりの駆け出しで、いきなり休みがちの洋一郎之介をどう指導しようかと考えあぐねていたところです。
そんな別れを決意した洋一郎之介を見た先生方は洋一郎之介がある覚悟を決めちゃっているようにうつりました。
「しっかりするんだ! 深川君! 早まっちゃいけない! 君はまだ若いんだから!」
なぜだか分かりませんが、先生方に取り押さえられた洋一郎之介は、再び保健室に運ばれました。
無理矢理ベッドに寝かされて気がつくと夕方になっていました。
「あ……れ……? 俺はいったい……何して……?」
ガバッと起き上がると枕元に手紙が置いてありました。それは小さな卒業証書でした。文面に『ごめん……間違えた……。チャーバック』と書かれていました。窓の外を見ると空の彼方へ飛んでいく小さな卵の姿が見えました。
「チャ……チャーバックーーーッ! 卒業式にまた来てねーーーーっ!」
洋一郎之介はチャーバックが消えていった空をずっと眺めていました。
あなたが卒業式に泣いてしまって恥ずかしくなったらチャーバックのせいにしてみてください。何故だか分からないけど、全校集会で悲しくなったら間違いなくチャーバックの仕業です。チャーバックは人が集まる所は卒業式だと早合点してしまうお茶目な妖精ですから。
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