いちばん

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 圭一郎は、そっと長く息を吐いた。 「やっぱ、そうだ」  そんな圭一郎の葛藤はまったく知らない相棒は、そう言って顎を引く。捲っていた参考書から顔を上げず、薄い唇が開いて、   けいいちろう、  と、呼ばれる前に。  彼に名前を呼ばれるのは、よくない。 「ほたか!」  逆に彼を呼ぶ。  出鼻をくじかれつつ、律儀に「うん?」とこちらを向いた彼に、何か言わなければと急いた挙げ句、出て来たのは、 「俺のこと好き?!」 「うん、好きだよ。なんで?」  間髪入れずとはまさにこのこと、くらいの反射速度だった。しかもそう言い放った相棒は、そのまま二の句を継ぐ。 「でな、ここ、OHが足りない」  …は?  そこでようやく、圭一郎はまず自分が口走ったことを自覚して、更に、 「え、ええっ、ちょっ、ちょっと待て」  がばり、と身を起こす。彼は不思議そうに圭一郎を見遣る。 「うん」 「今なんつった?!」 「OHが足りない」 「じゃなくて! その、」  まえ、と、言いかけて圭一郎は押し黙った。もう一回言われたら、どうしたらいいか、わからない。というか、そもそも自分が何故、そんなことを問うたのか…  何故といっても、それは、ただ、  ファーボールが三つ続いたってこんなに慌てたことはない、というくらい、圭一郎は焦った。座卓にへばりつき、眼前で手を振って続ける。 「や、違う、そういうんじゃなくて」 「うん」 「ちがうんだ! すっ、いや、そうじゃなくて、ただ、ほら、あれだ、ちょ、長所! ウリっていうか! 俺のいいところって、どこかなって」 「…はあ」  ぼんやりと相槌を打つ相棒に、だから、と考える隙を与えずに(むしろ自分にだろう)圭一郎は叫ぶように再度問う。 「俺のどこがいいと思う!?」  あまりフォローになってないし、自分の明らかな動揺と謎な言い分を彼がどう捉えたのか、瞬きを繰り返す顔からは解らない。ただその質問に、そうだなあ、とまた少し首を傾げて曰く、 「ストレートだろうな」 「ああ、そう! そうだな! うん、それは知ってた!!」  そうだろうとも、と思わず切って捨てる。  圭一郎はこめかみに指を当てて、そうじゃなくて、と言葉を重ねる。 「違って、球種とかじゃなくて! できれば野球から離れて!」  野球しか評価軸がないといったのはどの口か、と圭一郎はそっと唇を噛む。しかしきっと、このままピッチング話を一周している場合ではない、気がした。聞きたかったのは、  他ねえ… と、また参考書に、というか机に視線を落としつつ、彼はそれでもたいして考えずに答える。 「真面目なところかなあ」 「は?」 「我慢したろ、ずいぶん。走るのキライなのに、ほんとよく走ったよなあ。あと食べものとか、唐揚げもシュークリームも大好きなのに節制してたし…」  それは、そうなのだが。圭一郎は頬杖をして視線をずらす。頬が熱い。それはプレイヤとしては当然の、と、口を挟むこともできずに。 「あとこのレポートだって、適当にやろうと思えば出来るだろ。誰かの写したっていいわけだし。でも、お前はちゃんと自分でやるからさ、出来はともかく…」  いや待て、出来は大事だ。というのも言いそびれた。 「お前は、そういうズルはしない」  そういうとこ、偉いよな、と。言って微笑む相棒の貌を、結局見ていられずにまた、ごろりと畳に突っ伏した。 「ああそうか、今度、シュークリーム奢ってやるよ。そろそろ一個くらいいいだろ」  とか、きっと優しく笑う彼は。  そうだった、自分はたぶん、単純に、  かれの「いちばん」でありたかったのだ。
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