47人が本棚に入れています
本棚に追加
ぴし、と襖が閉まると、急速に夜が静寂で満ちるのが解った。
ふと思いついて、穂高は手近にあった誰かのパーカーをトオルに掛けてやる。
静かになった部屋に、虫の音が届いていたことに穂高は気付いた。リリ、リリリ、とガラスのような音は心地良く響く。トオルの寝息も平和の象徴のようだった。
もう、最後の夏は終わったから。
穂高が相方を特別扱いをしているのは、事実だった。
「…でも、柳澤圭一郎だから」
まったく答えにならない呟きは、きっと誰にも聞こえない。
彼しかいなかったのだ。
これまで出会ったなかで、同じ風景が見える場所に立てる人間は、彼しか居なかったのだ。
かれだけだったのだ。
「紅白戦、楽しみだな…」
まず誰よりも、自分が楽しみにしていることは間違いなく、それでも、彼も楽しみにしてくれれば良いのに、と願う。
彼が、楽しんで投げられたなら。
あと一回くらい、彼が楽しいと思える試合があれば。
いい試合になればいいな、と。
穂高は切実に、祈った。
最初のコメントを投稿しよう!