いちばん

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 ぴし、と襖が閉まると、急速に夜が静寂で満ちるのが解った。  ふと思いついて、穂高は手近にあった誰かのパーカーをトオルに掛けてやる。  静かになった部屋に、虫の音が届いていたことに穂高は気付いた。リリ、リリリ、とガラスのような音は心地良く響く。トオルの寝息も平和の象徴のようだった。  もう、最後の夏は終わったから。  穂高が相方を特別扱いをしているのは、事実だった。 「…でも、柳澤圭一郎だから」  まったく答えにならない呟きは、きっと誰にも聞こえない。  彼しかいなかったのだ。  これまで出会ったなかで、同じ風景が見える場所に立てる人間は、彼しか居なかったのだ。  かれだけだったのだ。 「紅白戦、楽しみだな…」  まず誰よりも、自分が楽しみにしていることは間違いなく、それでも、彼も楽しみにしてくれれば良いのに、と願う。  彼が、楽しんで投げられたなら。  あと一回くらい、彼が楽しいと思える試合があれば。  いい試合になればいいな、と。  穂高は切実に、祈った。
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