いちばん

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 さて、ここで想像してもらいたい。  二年半、部活でも寮でもほぼずっと一緒で、小さい諍いひとつしたことがなかったダブルエースが、ひと言も喋らず三日経った場合、どういうことになるか。  チームは、静かに恐慌をきたした。  もちろん本来、チームは代替わりしており、ほとんど引退した選手がどうなろうと蚊帳の外なはずなのだが、国体も残っていたし、そもそも二人の存在はあまりに大きすぎた。  最初に音を上げたのは当然、新エースを含む投手陣で(一番被害が大きい)、泣きつかれた現主将の上條が監督に勘付かれる前にと訴えたのか、タカヒロと女房役のオカちゃんが圭一郎に説教しに来た。「何があったのかわっかんねーけど、コバのせいじゃねーだろ、たぶん。さっさとフォローしとけよ」とはオカちゃんの談である。  まあ、今回に限っては十割、圭一郎のせいなのでそれも当然かもしれないが、本人としても不可抗力だったのだ。ただ、一番どうにかしたかったのは圭一郎自身だったし、どうしても話さなければならないこともあったから、三日目の夕食後にようやっと彼を誘い出した。(なお、周りが明らかにほっとしたのが分かって大変気まずかった。)  最初は、大会の話をぽつぽつと。  チームメイトになったかつての対戦相手のことや、監督やコーチのこと。試合では見えなかった各人のキャラクタは多彩で、初めて見る相手チームの様子やプレイは、お国柄が出て面白かったこととか。出来るだけ相棒の興味を惹くように話した。代表チームの監督と某国の監督とどちらの腹回りが大きいか、まで。彼はよく笑って、三日間が嘘のように間合いが近付いた、ところで。  圭一郎は自らの怪我のことを打ち明けた。左肘の炎症。夏大後から調子があがらず、壮行試合でも代表戦でも満足のいく投球が出来なかったのはそのせいだった。おまけとはいえ、最後の大会である国体が残っているが、しばらくはノースロー調整が必要になる。監督とも話し合った結果、国体では投げないことが決まった。  こちらは、出来るだけ何でもないように話した。  原因は明らかに夏のオーバーワークだ。完治するはずだが、今のこの時期に大事な部分を故障することが、如何にセンシティヴなのことか、彼には嫌というほど分かるだろう。それ以上に、無理を通すのが禁忌だということも。  それから、彼の性分からしてきっと思ったに違いないのだ。「おれのせいだ」と。  地方大会から甲子園決勝までの激戦が圭一郎の身を削ったのは確かだが、それは彼も同じだ。だがそれでも、彼が自らの不調を責めるだろうことは、容易に想像がついた。  じっと黙ったまま話を聞き終わった相棒は、圭一郎の左手を暫し眺めた。そうして、わかった、と低く応えると顔を上げ、圭一郎の目を見つめながら、 「大丈夫だ」  と、頷いた。
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