未来の私が言うのだから

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 その日の朝は昨日と同じような朝で、ニュースでは私の家の近所で連日起きている行方不明事件が流れている。それを横目で見ながらパンを齧った。なんとなくイタズラをしようと思い立った。 「お母さん、私実はね十年後の未来から来たの。タイムリープってやつ?十年後の私の精神がこの体にいるの」  キッチンで食器を洗っていた母が私の方を向いた。 「あら、そうだったの?どうりで大人びてると思ったわ」  予想外に母は乗ってきた。母は少し抜けてるところがあるからもしかしたら信じているかもしれない。母は再び口を開いた。 「せっかくだし何か聞こうかしら。そうねぇ、お母さんに何かアドバイスとかないかしら」  試しているのか、単なる好奇心か。母にこんな一面があったのは驚いたのと、少し可笑しかった。 「・・・そうだ、あの趣味はやめた方がいいよ。家族会議どころじゃ済まないからね。どの趣味か?そんなことここじゃ言えないよ」  思い付きで言ったが、我ながら酷いものだ。母はいつになく真剣な顔で考えている。 「わかったわ、未来のあなたが言うのだからそうなのよね。そろそろやめようとは思っていたのだけど、これもいいきっかけね」  母は自分で納得してゴミを出しに行ってしまった。私は軽く返事をしてまたパンを齧った。  学校に行く準備を済ませて玄関で靴を履く。 「行ってきまーす」  母の声を背中で聞きドアを開けて外へ出た。いつもの通学路に出て学校の方向を向く。ふと目についたゴミステーションにロープと手袋が入ったゴミ袋があった。なんだか怪しいゴミだなぁとか思いながら学校へと歩き出した。  学校でも朝のイタズラを続けた。親友にも言った。 「親友よ、私は十年後の未来から来た。聞きたいことがあれば何でもどうぞ」  親友は目を丸くしてすぐに口を開いた。 「私と、前言ってたサッカー部の先輩どうなってる!?」  まさかこの子まで信じるとは。この期待に満ちた顔はとても可笑しい。私はニヤニヤしながら答えた。もちろん嘘だが。 「あー、あんたとあの先輩ね。付き合ってるよ、そりゃあもうラブラブで。同じ大学に行って、二人とも就職して、結婚するかどうかみたいな話してたよ」  これはさすがにやりすぎたかと思う程の幸せな未来を言ってしまった。 「それ本当に?未来のあんたが言うんだからそうなんだ!よっしゃー!ちょっといまから行ってくる!!」  行ってしまった。面白いくらい信じてしているようだ。可笑しくて仕方ない。  その後も先生にも仕掛けた。未来から来たから次のテストを全て知っていると。先生は焦ってテストを作り直していた。こんなに笑えることはない。私の嘘にみんなが引っかかるのだ。退屈だった日常がすっかり顔を変えた。  次の朝は昨日と同じような朝で、ニュースでは私の家の近所で連日起きている行方不明事件がピタリと無くなったと流れていた。それを横目で見ながらパンを齧った。また退屈な日常の始まりだ。  今日はどんなことを言おうか。未来の私が言うのだからみんな信じてしまうだろう。
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