家族の部屋

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 娘の部屋に入ったのは、何年振りだろうか。  中学に入る前から毛嫌いされていたので、少なくとも七年は入っていない。  壁はアイドルのポスターで埋め尽くされいるが、誰も彼も、みな同じ顔に見える。  クローゼットを開けると、妻と二人で買ってきた服ばかりが何着も何着も並んでいて、私が去年の誕生日に贈った赤色の大きな水玉のワンピースは、デパートの袋に入ったまま、奥の奥にしまいこまれていた。引っ張り出してみると、タグもつけっぱなしで、袖を通した形跡もない。  苛立ちを抑えようと深呼吸すると、部屋中にたちこめる甘酸っぱい匂いが、切ない胸の内を満たしていく。娘の匂いか芳香剤か知らないが、洗濯物を一緒にされることを嫌がった彼女が守りたかったのが、この香りなのだろうか、と考えたりする。  警察の話には不審なところばかりが目立った。  繁華街での目撃情報、友人関係のトラブル、教員からの指導――。  それだけでも、品行方正で人望も厚い私の娘のイメージと合致しないというのに、それに加えて、部活の大会で知り合ったとかいう彼氏の存在など、絶対にありえない。何より、娘は父親であるこの私を嫌っているのだ。これは、男性全般に対する嫌悪感からくる、一過性の情動である。いつかは、青春期特有の熱病にも似たこの感情も失われ、私に対する扱いも変わる時が来る。そうすれば、悲しいかな、どこかの男を連れてくることがあるかもしれない。しかし、今はまだその時ではない。  そう思いながら、改めてアイドルのポスターを見てみると、みな一様に長髪で化粧までしていて、男性的な魅力に乏しいことに気がついた。娘は男が好きなわけじゃない。やはり娘に彼氏がいるはずなどないのだ。  確信を得た私は、安心して机の引き出しを開けた。中には、奇妙に歪んだ顔をした猫のキャラクターが付いた小物や文房具が、所狭しと並んでいる。こういう気持ち悪いキャラクターが好きなところは、妻に似ている。妻も、肉の襞が何重にも重なったパンダのキャラクターグッズを、かわいいかわいいと言って買い集めていた。  机の引き出しを続けて開けていく。可愛らしい便箋の下に友達からもらった手紙が山のように入っている。取り出して、一通一通見ていくが、その中にも男からのものはなかった。  やはり、娘が男と駆け落ちした、という警察の見立てには、無理がある。  最後の引き出しを開ける。  そこには、ぐちゃぐちゃに丸められた紙が、いくつもいくつも押しこめられていた。一枚を手に取って開くと、二十二点の数学の答案だった。もう一枚は、十五点の英語の答案。開いても開いても、赤点の答案用紙が出てくる。  中学時代、娘は優秀だった。学年一位を取ったことも、一度や二度ではない。  そんな娘が、こんな点数を取るはずがなかった。もしも、娘がこんな点数を取るようなことがあるとすれば……。  私は、考えたくない可能性をしまい込むように、引き出しを閉じた。  次は妻の部屋だ。
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