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◇◆◇◆
(あーあ。ボクは一生、魔法使いにはなれないんだ)
それは、お空の機嫌がどうにも悪くて、とうとう小雨が振り出してしまった、ある日の昼下がりのこと。
ボクは、木の枝をユラユラと揺らすほどの強い風が吹く中で、じいちゃんに頼まれた門扉の掃き掃除をしながら、ひっそりと己の夢の断念をしつつあった。
だって、仕方がないんだよ。家族はボクに折られまいと、家中の傘を徹底的に隠した上に、ボクの雨具をレインコートと雨靴のみにしてしまったのだから。
頼りの綱である打ち捨てられた傘だって、いつ何時でもあるわけではない。やっと見付けたボロ傘を自分でなんとか直しても、直ぐに壊れて、使い物になりやしない。
そんなわけで、ボクには自由に扱える傘がなくて、傘で空を飛ぶ練習なんて以ての外だったんだ。
(残念無念。このくらい強い風なら、空も飛べそうなんだけどな)
そう思った矢先、ボクはとんでもないものを目にしてしまった。
ビウッ!
一際強い風が吹き、ボクの髪をくしゃくしゃに掻き回す。
顔に掛かる髪を払おうと、大きく首を左右に振った時、この家を囲む塀の角から傘が――あの物語の魔法使いのものと同じ蝙蝠傘が飛び出すのが見えた。
強風に煽られたのだろう。傘は再び塀の陰へと引っ込み、程なくして、父娘と思しき二人組と共に、ボクの視界の中に現れる。
さっきボクが見た蝙蝠傘を差しているのは、ボクとそう年が変わらなさそうな女の子の方だ。後ろを歩く父親の声に促されて角を曲がり、こちらへと向かってくるその子を見て、ボクは目を見張る。
(魔法使いだ!)
三つ編みをきっちりと編み込んだ艶やかな黒髪。よそ行きの黒のワンピース。キャラメル色の靴には、ボタンが二つ。
そのいでたちは、ボクの想像するあの物語の中で家庭教師をしていた魔法使いそのもので、ボクは彼女にすっかり心惹かれた。
そして、何よりも気になるのが、彼女が差している傘なのは言うまでもないだろう。
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