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「なにをするつもりだったの?」 「ふえ?」 「雨風の中、木の上でカサをさすなんて芸当、おバカさんか、よっぽどの理由がない限り、しようなんて思わない。ねえ、教えて」  ボクの頬に涙が伝った時、それまでとは比べものにならないくらい柔らかな声で問い掛けられた。  その問いにボクは面食らう。  だって、これまでにボクが傘を折ると、誰もがボクを叱りながらこう尋ねてきたのだ。  ――なんで、傘を折った(こんなことをする)の?  ボクはこれまで、その質問にキチンと答えられなかった。  何故なら、ボクは憧れの人のように空を飛ぶ練習をしていただけであって、決して、傘を壊したかったわけではないのだから。  どんなにそう伝えたくても、今まで誰も聞いてはくれなかった。  でも、この子はどうだろう。これまでのボクを取り巻く人達のように、『なんで?』とは訊かず、『なにをするつもりだ』と尋ねてきたのだ。 「空をとびたかったんだ。魔法使いみたいに」  そう答えると、その子は至極真面目な顔をして、こう問いただす。 「空を飛んで、どこへ行くの? 飛ぶことに特別な理由はあるの?」 「それは……その……」 「さては相当なおバカさんね、あなた」  ただ空を飛びたいだけじゃない。行きたい場所も傘で飛びたい理由もあるけれど、言ってしまっていいものかと言い淀むボクに、彼女はため息を吐いて呆れる。 「あこがれるものに近付きたい気持ちは否定しないけれど、きちんと言えもしない目的地や理由をもとに飛んだって、広いこの空ではあっという間に迷子になるわよ。そのカサの、星を目がけて飛ぶ鳥のように、目標をしっかり見定めて、自信を持って飛ぶと決めなければ」  ――夜目の鳥は、暗闇では迷うばかりで満足に飛べやしない。    それでも、この鳥は抗うことのできない自らの体質にめげず、夜空に見立てた傘の下、星を目指して飛び続ける。  それは傘を飾る鳥のチャームにまつわる物語。  彼女は大事に抱えていた本を開き、そこに書かれた物語をまるで歌うように読んでくれた。 「今のボクはきっと、夜空をとぶトリといっしょなんだ。自分ではどうしようもない体質(コト)にふり回されてばかりでさ。魔法使いのように空をとんで、あの物語のフシギな世界に行けたなら、ひょっとしたらその内のどこかに、ボクがなやまずにすむ世界がないかなって、そう思ったんだ」  でも、そんなのはただの逃げでしかない。  自分でもそれが分かっていたから、さっき、彼女の問いに答えようか迷っていたんだ。 (でも、それじゃダメだよね)  彼女の語るお話を聞き、ボクの手の下――ハンドルからぶら下がる鳥のチャームを見て、ボクは決心した。  ――もう、ボクは逃げない。この鳥を見倣って、たとえ暗闇の中で迷おうとも、決して屈するもんか。
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