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けたたましい蝉時雨を鬱陶しく思いながら、ゆらりと揺らめく陽炎を見つめた。梅雨も終わり、最近は快晴の日が続き、いつの間にか蝉の鳴く季節となっていた。
直に学生は近づく夏休みに浮かれる頃だというのに、この学校に転校生が来たという噂を聞いた。美人でミステリアスとのことらしい。親友がわざわざ見に行ったという転校生の話をしては鼻の下を伸ばしていた。
俺は転校生の容姿に興味はないが、どうにも風変りな人物らしく、どちらかといえば転校生の人柄が気にかかった。
だからこうして、放課後の学校内を捜索していた。幸い今日は部活動がない。心ゆくまで転校生を探すことが出来る。
だが、必死になって探すまでもなかった。その転校生らしき人物は、案外簡単に見つかったからだ。
中庭に佇む少女。青色の傘を差した彼女の濡れ羽色の髪が、生温い風に揺れている。
今日は真夏日だと天気予報士が言っていた。その言葉通り、今日は快晴だ。それなのに、視線の先の彼女は大きな雨傘を差している。その異様さだけで、噂の転校生だと断定できた。
「何か用?」
先に声をかけてきたのは、彼女の方だった。気づかれていたとは思わず、俺は過剰に肩を揺らした。
「……いや、雨降ってないのに傘さしてるから気になって」
ぶっきらぼうに答えながら彼女に歩み寄る。彼女は零れ落ちそうな大きな瞳を瞬かせて俺を一瞥した。
「懐かしい思い出に浸っているの」
青い影が落ちた顔が、綺麗な微笑を生み出した。
「懐かしい思い出?」
「そう。この傘を持っていたお蔭で褒められたことがあるの。あの嬉しかった記憶を忘れないために、私はどんな時でもこの傘を差す。この傘と共にある間は、あの日に戻れたような気がして」
校舎と校舎の間から覗く夏空を見つめて、彼女は語った。懐古の色が見えた澄んだその瞳に吸い込まれそうだった。
彼女はたった今顔を合わせたばかりなのに、惹きつける『何か』があるような気がする。魔法にかけられたみたいに、俺は彼女から目が離せなかった。
「……ところで、あなたは?」
「え?」
「名前、まだ聞いてないわ」
「あぁ、そうだった。俺は晴夜。よろしく」
「零よ。よろしくね、晴夜くん」
彼女は薄い唇で弧を描いてにこりと笑う。あまりに綺麗な微笑に、思わず胸が高鳴ったのはきっと気のせいじゃない。
「あなたも物好きなのね。へんてこな転校生っていう噂に釣られてきた?」
「……まぁ、そんな感じ。ごめんな」
「別にいいのよ。人とお話するのは好きだもの。どんなきっかけだろうと構わないわ。それが例え罵声から始まったとしてもね」
「……本当に変わってるんだな」
「よく言われるわ」
青い傘をくるりと回し、零はどこかご機嫌な様子だ。でもやはり、晴天の中で雨傘を差している光景が俺には異様に感じられて、それを突っ込まずにはいられなかった。
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