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サクマという人間の話をしようと思う。サクマという人間は男性。B型。入院歴有り。書店員で有り、定時は19時。それだけだ。たったそれだけの人間だ。なぜなら私には記憶が無いからだ。私はこう考えることが有る。私は何故人間として目を覚ましたのだろうと。
最初の記憶は真っ白な空間に横たわる自分だった。やけに高い枕。体中に繋がれたチューブと巻かれた包帯から通常では起こりえないことが起こったことが伺えた。事故と言われたらしい。らしいというのは、その時の私は奇妙なことに人間で有ったかも正確では無いからだ。正確に言うと言葉が喋れなかった。喋っても理解できなかった。私が最初に口にしたのは独自の何処のものでもない言語だった。強いて言うならば英語が近い。ただ文法も単語も違う。喋り方に抑揚が有るという程度でそう判断された。だから何故自分が人間として目を覚ましたのか理解し得なかった。三節の単語を組み合わせた動詞を使い話したらしい。そこには女性が居て、とても不思議な表情で私を見ていた。今思うと失望と絶望が混じったような表情だった。家族のような人達は私を恐怖させた。私は彼らに見られることが異常に恐ろしかった。やがて私は1人でいることを好むようになった。女性は献身的に私の回復に努めたものの。私がそれを受け入れることは無かった。彼女との短い会話の後その人は私の元に訪れる事はなくなった。
やがて外を眺めて過ごすようになった。花が花で有ることがおかしく思え、木が木で有ることが異常に感じた。空気に香りが漂うことも、光が色を持つことも、時間が刻々と進むことにさえ恐怖を覚えるしまつだ。そこからは簡単だ。ただ私のように手間がかかる上に身内の居ない人間の始末に病院側も困ったのだろう。追い出されたのかさえ定かではない。目を覚ましたら、この街に居たのだ。
だから私はいずれ記憶が戻るための仮宿として此処にいるに過ぎない。それが良いことなのか、それも分からないが。
「私は人間になりたかったのかもしれない」
そう結論づけた。例えば物語が有る。人間になった動物の物語だ。でもそれは覚えているから願うことだ。記憶すら持たない私が人間になろうなんて思うだろうか?ふと先程の少女を思い出す。少女は思い出すと言った。まるで過去で自分を見た。それを確信しているようであった。もしかして私は覚えていないだけで何らかであったのかもしれない。
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