AM7時のタカナシさん

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 店をぼんやりと見回しているとお客が入ってくる。「いらっしゃいませ」なんて言ってみるものの。こっちもお客がいらっしゃる事は分かってるし、向こうも来たわけだから概ね来たことは了解している。その証左に一度もお客から「いらっしゃいましたよ」と言われたことはない。動物園で虎が吠えるとそう分かっていても興奮する、それと同じだと推察している。試しに「らっせー」と言ってみても何も言われない。似た言葉なら何でも良いようだ。不意にやってくるお客が反時計回りで店内を一周すると、大抵何冊か本を持っている。それをどこから持ってきたのか問うことはない。だが、カウンターにそれを置かれるわけだからついでに袋に詰めてやる。すると横からコロコロとしたトーンで声が飛ぶ。 「2050円です」  お客はその作り物じみた淡麗な容姿。そしてそれが動いたことに驚いたのか。喋ったことに驚いたのか一度挙動を僅かに止める。やがていそいそとスマホを差し出す。差し出したスマホから、奇妙な機械音と共に買い物完了の音声が聞こえる。品物を詰めた袋を押し付け「ありがとうございました」という風に吠えてみるとお客は満足したように、また西へ向かって歩き出す。西には何が有るのだろうか。気になって店内から覗いてみると、店の前の道はカーブがきつく先まで見渡せない。不思議だ。少し不思議だ。そんな事を思わず口に出していた。すると私の横で声がする。マーオとタカナシさんはいたずらっぽく声を出す。視線をタカナシさんに向けると其処には一匹の猫が座っていた。
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