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「タカナシさん、この間の話なんですが」
「この間?」
「ほら、僕の正式採用の話です」
「あぁ……」
と前足で耳を掻きながらタカナシさんは答える。どうも気のない返事だ。僕が高菜彰吾のビジネス書を引きながら話を続ける。半分をロングセラーのビジネス書にするつもりだ。後ろからはタカナシさんの溜息が聞こえるようだ。
「考えてくれましたか?」
「ううん、全然」
そうですか。私の言葉が空虚に聞こえる。結構勇気を出していったつもりなのだが。タカナシ書店は人員不足だと感じる時が私には有る。何せ私とタカナシさんの二人きりだからだ。私が来る前はどうしていたのか、と聞いてみると。1人でなんとかしていた。そう返された。私も長く働いているわけじゃない。むしろ短い。働き始めて半年そこそこだが。だからこそ、例え客が少なくとも二人きりで店が回るわけない、というのは分かるつもりだ。私だって休みは取るし、有給だって最近もらった。気を使うより有給を使えと言われるが、この人手不足では休む気も起きない。例えタカナシさん1人で店が回ったとしてもだ。そのため社員として正式に採用を申し出ていたのだ。
「私、頑張りますよ」
「もう十分、頑張ってくれてるよ」
そんなおためごかしに納得すると思っているのだろか、タカナシさんは。それになぁ、とより渋ったような声を出す。背中をチロチロ舐める動作とその声は一致していない。
「ほら、私はサクマくんを預かってるだけだから」
とタカナシさんはいつものように突き放した発言をする。奇妙なものだが、その発言に失望めいたものを感じる。自分から切り出しておいてそんな事を言うのは我儘だろう。だがそれは事実なのだから何も言い返せない。だから私は黙ることにした。腹立たしいことに、黙ると作業は早く終る。妙に凝った棚作りをしながら試行錯誤を繰り返す。すると横からタカナシさんがいい棚だね、と口を挟む。そんなことにやり甲斐のようなモノを覚えてしまう自分にやはり腹がたった。
気がつくと店内には夕暮れの空気が立ち込める。すると私の時計がアラームの音を立てる。タカナシさんを見るとやはり猫のままだった。背伸びを一つ。欠伸を一つすると。
「お疲れ様」
私にそういった。
そう言えば、私はもう一つ知らないことが有る。私は19以降のタカナシさんを見たことがない。
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