AM7時のタカナシさん

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 タカナシさんがサクマくんを見送ると次第に周辺は暗くなっていく。その様は帳が落ちるようで有り、時間が急速に収束していく様に似ている。収束していく時間はやがて月とよく似た一つの発光物体となり空にひょっこり顔を出す。タカナシさんと彼女は一つになった揺蕩う時間の中で互いの存在を認めるとただ黙って顔を突き合わせている。口火を切ったのは彼女の方だ。 「タカナシさんの見識はどうですか」 「高菜さんは?」  とタカナシさんは笑みを浮かべると、高菜と呼ばれた彼女は苦々しい溜息をした。タカナシさんは何も答えないことを分かっていたように、いい子ですよ。そう答えた。 「いい子。それが困りものなんです」 「記憶が戻る兆候は決してないとは言えません」  暗い店内からでは二人の表情を窺い知る事はできない。また来ます高菜は振り返ると西に向かって歩いてゆく。月は奇しくも西の空にぽっかりと穴を穿ち彼女の進むべき道を煌々と照らしている。 「ただそれで半年前の彼が戻る保証はありませんよ」  西に歩き続ける彼女の背に言葉を投げかける。彼女は振り返ることなく、帰途を歩む。一人になったタカナシさんは遠ざかる月を眺めている。きっと明日も日が昇るだろう。同じ様に登る。そこに住まう人達の関わりもなく。
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