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運命の赤い糸
「ごめん、やっぱり別れよう」
「――嫌、嫌だよ、何が悪い? 私直すから、言って」
「え? いいよもう、別れよう、やっぱ結婚とか無理」
「じゃ、じゃあ結婚しなくていい、敦士は何もしなくていいから、私が全部やるから、だから、だから私の隣にいてよ、いい? ね、それならいいでしょ?」
「――キモッ」
――
目覚ましの音で目が覚めた――
頭が割れるように痛い、昨晩のせいか、この散乱したビールの空き缶のせいか、恐らく両方だろう。
カレンダーには、赤く大きな文字で【敦士と式場見学】と、書いてある。天堂渚はその上から黒いマジックで乱暴に赤い文字を消した。
「あー......ぃったあ」
前髪を押さえ、散乱したビールの空き缶を
蹴り洗面台へ向かう。
「うわぁ......」
鏡に写る浮腫んだ目、荒れた肌、ボサボサの髪、昨晩の荒れようが分かる。付き合っていただけの別れなら何度か経験したことがあるが、婚約破棄されたのは初めてだった――
ゴールインした男女のことを運命の赤い糸のおかげと例えられることがある――
だがその糸は誰にも見ることはできない、もし運命の赤い糸が見えるのなら、こんなことにはならなかった。
故にそれは結果論ということになる。
「本当にあったよ、運命の赤い糸」親はもちろん、会社の同僚、友達にまでも口癖のように言っていた。
それが破棄になっただなんて、どんな顔をして説明すればいいのか、現実から逃れようとお酒に走り、できることなら起きれば別人になっていたかった。
赤い糸なんて、やはり結果論――
目の奥からじわりと湧いてくる涙。鏡の前の自分が不憫で仕方ない、頭を抱えて俯いた。すると目の前に毛糸のような赤い糸がはらりと落ちた。
「何これ?」
ニットを着るには早すぎる季節、しまい忘れたセーターのほつれとも考えにくい、髪に絡む指を下ろすと、渚は一驚した。
その赤い糸は、左手の小指から伸びていたのだ。
引っ張って取ろうにも、その糸に触れることすらできない。実態のないホログラムのように色々なものをすり抜けている。
「えっ、ちょっと、何?」
自分の体に起きた変化、別人になっていてほしかったが、こんな形での別人にはなりたくなかった。
焦る気持ちと比例して額に滲む汗。
その色、形状から一つの物が渚の頭の中に浮かぶ。
「これって......」
運命の赤い糸――
本当に渚の直感が正しければ、この糸の先には、自分の結婚相手がいる。
予定の無くなった週末、渚がこの先に誰がいるのかを確認するのに、阻むものは何も無かった。
糸はドアを突き抜け外に向かって出ていた。服を着替え、軽くメイクを済ませてからキャップを被り外に飛び出した。
一人用のマンションの七階、下に見える街には無数の赤い糸が張り巡らされてある。
渚は自分の糸を見間違わないようにゆっくりと手繰っていった。糸は渚の小指に吸い込まれるように、確実に短くなっている。
地下鉄に乗り、更に街の中心部に行く――
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