氷雪の蛍火

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 部屋番号を確認しながら五階フロアを歩く。確かこの先の五一二だったはずだ。と、曖昧な記憶を引き出しながら進む足を止めた。  真横の部屋から聞こえる笑い声が、あまりにも楽しそうだったから。  懐かしさに浸るほど月日が流れたわけではないのに、小夜との日常を思い出して、少しだけ唇が寂しげに緩んだ。  病室へ入ると、洸哉が珍しくイヤホンを付けて横になっていた。窓側を向いているからなのか、僕が来たことに気付いていないらしい。 「洸哉?」  顔を覗き込んでから、寝ていたことを知った。穏やかな寝息を立てる彼の前に腰を下ろす。  午前中に検査があったらしいから、疲れたんだろう。  レースカーテンの向こう側には薄暗い雲が広がっていて、白い傘が歩いて来るのが目に映った。その光景をぼんやりと見つめながら三好を待つ。  ーー何気なく過ごしてる毎日は、当たり前に来る未来じゃないってこと。だから、こうしてまた会えたことに感謝しないとね。  いつかの小夜の声が脳裏に再生される。 「……そうだね」  小さなため息と一緒に、憂いが零れ落ちた。雨の音が胸へと染み込んでは消えていく。
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