星影の夢

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 小さめのボストンバックを肩から下げて、薄暗い都心の新幹線ホームに立つ。混み合う人に流されながら、窓側の指定席へ腰を下ろした。  しばらくの間、ワイヤレスのイヤホンで音楽を聴きながら窓の外へ目を向けて、都会の景色を掻き消すように、高速鉄道は迅速に走り抜けていく。  星が綺麗に見える夜は、どこにいても彼女を思い出す。今でもあの出来事は、夢だったんじゃないかって。  スマホに残された画像を見返してみる。どこにも小夜の姿はないけど、確かにそこに存在している。  だから、一緒に過ごした時間は、決して幻想などではないと言い切れた。  コツコツと歩くハイヒールの音、サラリーマンのスーツと革靴特有の匂いは東京(むこう)と似ているけどどこか違う。  雨がぱらつき始めて、不意にふわりと漂う清楚な香り。向こう側に、胸を締め付ける横顔が目に入った。  ーー彼女だ。  さらに大人の女性になっているけど、間違いなく目の前に小夜がいるのだ。  どうして? 小夜は霊体で、あの時成仏したはずだ。  そういえば、思い出した。洸哉が退院する一週間前、見舞いへ訪れた時のこと。  二年間昏睡状態にあった女性が目を覚ましたらしい。まだ歩けないけど、どうしてか手は動かせる状態にあって。奇跡的な出来事に、院内で話題になった。騒がしくて、よくイヤホンをつけているのだと言っていた。  今思えば、小夜が消えた日と近い気がする。  目が触れ合った瞬間、彼女はハッとしたように顔の色を変えた。  桜のような笑みを浮かべながら、ゆっくり近付いて来る。なんと声を掛けたら良いのか。  複雑な胸中で揉まれていると、彼女の弾むような声が響く。 「……さ」 「ごめんね」  言いかけた言葉は受け止められることなく、通り過ぎる彼女の風に掻き消された。 「また傘忘れたやろ。雨の度に迎えに来るの、大変なんやよ」  僕の後ろにいた中年女性が注意を(うなが)すと、愛嬌(あいきょう)のある声がごめんと目を細める。  そうだ……あの人。病院で見たことがあると思った白い傘の女性は、小夜の母親だ。  でも、どういうことだ? 状況の整理がつかない。  動けなくなった僕は、彼女を(はた)から見ているしかなかった。 「そう言いながら来てくれるじゃん」 「そりゃ、あんなことがあったら寿命も縮むわよ。もう心配させんでよ」  小さくなっていくその後ろ姿を、まるで映画のワンシーンを見ているような感覚で眺めていた。 「……待って、あの、ーー小夜さんっ!」  駆け寄った先には、不思議そうに僕を見る彼女の姿があった。 「……はい?」  顔付きや雰囲気はあの時のままなのに、全く知らない人みたいだ。 「すみません……人違いでした」  逃げるようにその場を去った。  覚えていなかった喪失感に、押しつぶされないよう。小夜が生きていた喜びで埋め尽くすしかない。
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