暁光

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暁光

 払暁、因縁の地、茶臼山の頂に立った男の名は、真田幸村。  小高い山を朱に染める真田赤備え三千余の軍勢の主であった。  武士にとって家を残すことと同じく、名を残すことこそは生きることに他ならなかった。いずれも永代を目指すものであったが、一代で成し得るのは多くの者が目指しながらも、到底、目指し切れるものではない後者である。  今、全てのものを捨て去り、その一点を目指す覚悟を決めた男を遮り得る者は、幕府方には居なかった。十万余の大兵ゆえに、大義の後ろめたさ、勝負の見えた戦、期待出来る恩賞の高の全てが、正面からぶつかるはずの者たちをどこか醒めさせていた。 「目指すは内府の首!」  燃える鬼神と化した幸村率いる真田の赤備えは、本多忠朝の軍勢を蹴散らし、分厚い松平忠直の軍勢を押し退けて、ひたすらに家康の本陣を目指した。  下手に手出しをすれば、死出の道連れとばかりに赤い奔流に飲み込まれる。動揺し逃れようとする兵が後続の隊列を乱し、後方で揺れ動く旗指物が真田兵の浸透を連想させると、先陣将兵は恐慌状態に陥った。  幸村が現世の生命を燃やし尽くすまでに、天王寺口の幕府方は幾重もの備えを破られ、家康の本陣は三方ヶ原以来と言われる旗本崩れを起こすに至った。  後に島津忠恒をして「真田日本一の兵」と言わしめた幸村の奮戦は、数百年の時を越え、人々の記憶に留まることとなったのである。
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