開けたくない

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「悪い悪い……こんなに効果覿面とは思わなくて。この紙はこれ、契約書」 「契約書!?」  陽介から手渡された契約書は、この部屋の更新契約書だった。しかし、この契約書には『譲渡承諾書』という欄が追加されている。 「譲……渡?」 「この部屋の契約者を涼に譲ろうと思って」 「えっ? 何で?」 「ん? あぁ俺、もうすぐ結婚するからこの部屋出ようと思ってるんだ」 「結婚!? 誰と!!??」 「彼女とだよ」  彼女!? 何それ聞いて無い。 「実はこのシルバーリング入れてたこのケースも、彼女への婚約指輪入れてたケースなんだよね。この前プロポーズした後、涼の誕生日に何かサプライズしたいんだよなって話したらこれ貸してくれてさ」 (彼女の入知恵かよ!!) 「まさかお前が荷物まとめるまで騙されるとは思わなかったけどな。あれって俺、お前に振られたってこと?」  そう言ってからかうように陽介は、肩に腕を回して顔を覗き込んできた。 「でもさ、俺帰って来た時、涼泣いてたよな? あれ何?」 「知るかよ!! 馬鹿ー!!!」  オレは陽介に顔を見られないように抱きついて、陽介の肩口でわんわん泣いた。自分でも何故こんなに泣いてるのかわからない。  事実を聞いて、恥ずかしい勘違いをしていたから悔しくて泣いているのか、これからも陽介との関係が崩れないと知ってホッとしたのか。それとも急に話に出て来た『陽介の彼女』という存在にビックリしているのか……それ以上の何かなのか。  とりあえず、抑えきれない感情が怒涛の如く押し寄せて、オレは思うままに泣いた。陽介はしょうがない子供をあやすように、オレの頭をポンポンと優しく叩きながら、泣き止むのを待ってくれた。 「本当に、出てくのか?」 「ん? あぁ、もう少し先の話だけどな」 「トマト……来年も育てるって……」 「そうだな。涼、ちゃんと育てとけよ? 俺がまたお前の好きなトマトパスタ作りに来てやるから」  完全に泣き止んだオレは、陽介の身体から離れてギロッと睨む。 「彼女がいたなんて聞いて無い」 「いやー、別にわざわざお前に言う必要も無いかなぁとか思って……」 「彼女に会わせろ!」 「会わせるのは別にいいけど……何で? 結婚式で会えるだろ」 「それじゃ遅い!! 勝負して勝った方が陽介と暮らす権利がある!!!」 「何の勝負!? 何その勝手な権利!!」  斯くして、二年半の同居人である陽介がくれた誕生日プレゼントは、オレに思いもよらぬ事実を突きつけた。が、それと同時にオレは気づかなくてもいい気持ちに気づいてしまったのかもしれない。今となっては仕方がないが、どちらにせよ、オレはあの箱を……  開けたくなかった―― <完>
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