小さな約束、大きな約束

30/36
前へ
/360ページ
次へ
*** 長屋の中。 俺たちは狭いダイニングキッチンに立っていた。 昼間だと言うのに薄暗く、埃と湿気の匂いがする。 家具はそのままだ。 懐中電灯を付けなくても、とりあえずある程度は見える。 俺たちは奥の和室に、足を踏み入れた。 端の小さな低いテーブルに、写真たてに飾られた宏則と、ランドセルが置いてあった。 写真たての宏則はこっちを向いて笑っている。 ホントにかわいらしい。 畳に目を落とすと、真ん中に黒いしみができていた。 よくみると、人の形をしている。 ……美和子さんなんだろう。 シミの部分は、もろもろと毛羽立っていた。 埃の加減から、美和子さんが亡くなって直後の世界に来たわけではない。 数ヶ月は経っていそうな感じだ。 「宏則くんの、お母さんを呼ぶわ」 水夜は、緑霊香を焚き、それからシミの前に膝をついて、目を閉じ、両手を合わせた。 俺も、水夜の横で同じようにする。 ただ、目は開けていて、部屋の中を、ゆっくりと見渡していた。 壁の一部に、彼岸花のような形の赤いシミがある。かなり薄くはなっていたが、血の跡だと分かる。シャオファが叩きつけられた跡だ…… 古い土壁の為に、ゴシゴシと擦れなかっただろう。シャオファがここで死んだのが美和子さんにも理解できたに違いない。 壁からずり落ちるシャオファを思い出すと、俺も胸が痛い。
/360ページ

最初のコメントを投稿しよう!

190人が本棚に入れています
本棚に追加