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死者の文字……確かに読めるハズもない。 金色に輝く台座の文字の、一番初めを探しているのか、水夜は目を細めて、人差し指を文字に沿って流していく。 死者の文字は水晶をはめ込む輪の部分と、それを支える3本の足に細かく刻まれ、読めない俺には、どこが始まりなのかなんて、分からない。 「…あった、これだわ。最初の言葉はここね」 ゆっくりと書いてある言葉を水夜は口に出す。 …いや、声に出していない? 口は喋っているように動いているが、音は聞こえないのだ。 「死者の文字は言葉に出しても、生きている人には聞こえないんすよ」 伊蔵が小声で教えてくれる。 俺もヒソヒソと返事を返した。 「伊蔵は、これ、聞こえてるって事だよな?」 「そっす、俺も死人ですから。 ちなみにさっき話した先見(さきみ)の婆も、死んでまっす」 伊蔵は俺の耳元で、クスクス笑いながら話して来たが……笑えない。 「2人とも、見て、水晶が…」 水夜の声で、俺たちは水晶を覗き込む。 「な、なんだこれ」 さっきまで透き通る水滴のようだった水晶が、アメジストのような濃い紫になっている。 その紫色は、雷雲のように丸い玉の中で蠢いていた。
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