時間を移動する

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*** その日の夜、水夜の所から自宅へ戻り、月曜日に使う会社の資料に目を通していた。 パソコンの画面の細かい文字に、何度かやる気を失いかける。 ホントは水夜の館にそのまま泊まりたかったのだけど、近々宏則の事で何かあるのは分かっているし、万が一、その途中に仕事のデータが飛んだりしたら厄介だ。 ある意味、死ぬし。 一旦、水夜に自宅に戻る事を告げ、今に至る訳だが、 あともう少しで終わる。 水夜の所に戻ろうかと思ったけれど、時間も遅いので、やめることにした。 とりあえず、データの保存。 マウスをカチリとクリックし、伸びをした。 そうだ、缶ビールでも飲もうかな。 そう思って立ち上がろうと、体の向きを変えた。 が。 ーーー視界の端の違和感。 目だけを動かし、違和感を確かめる。 玄関に続く廊下と、この部屋を仕切るドア。 その向こう側に誰かいる。 ドアには大きなガラスが一枚、真ん中に貼られているのだが。 そのガラスからこっちを覗く影がある。 心臓がうるさく鳴った。 呼吸も早くなる。 でも、声は出ない。 背中に冷や汗がブワッと吹き出したのが分かる。 影は動くことは無かった。 でも、視線を感じる。 小さな、影。 子供のようだ。 子供…… 子供。 もしかして、昼間の? 「も、もしか、して…昼間の、女の子、かい?」 小さくて、震えた声しか出なかったが、何とかドアの向こうには聞こえる程の音量が出せたと思う。 「よ、良かったら、話を聞こうか?こ、こっち来る?」 いやいやいや、来たところで、何にも話出来ないし。 やっぱ、来るな。 水夜を呼ぶか。 いや、呼べるのか。 でも、俺は立ち上がろうとした格好のまま動けない。 緊張で、パソコンの横にある携帯を掴むことさえできないでいた。
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